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【黒ウィズ】夏に咲く君へ Story

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最終更新者:にゃん
2017/8/10 ~ 9/11

目次


Story1

Story2

Story3

Story4

Story5

最終話



主な登場人物


早瀬(はやせ)りん
サーヤ・スズカゼ



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story1



夏の太陽が、激しく照りつけていた。

学校からの帰り道には、陽炎がたちのぼっている。

僕は、連日の暑さに少々ぐったり気味だった。


いつもは静かなはずの神社周辺が、今日に限って妙に賑やかだな。

そうか。夏祭りの準備がはじまったんだ。


「なんでこんな急に……。」

道ばたにうずくまっている女の子がいた。

病気かな?かなり苦しそうだ。


大丈夫ですか――とその子に声をかける。

「うん、いや……なんでもないよ。心配することないわ。ちょっと待っててな……。」

その子は、2度3度深呼吸して呼吸を十分に整えてからやっと立ち上がった。


「もう、大丈夫や。ごめんなあ。初対面のあんたにいきなり心配かけてしもうて。

なぜか彼女は、晴れたこんな日に日傘じゃなくて、雨傘を差していた。」


「なんや? この傘が、気になるんか?

雨も降っとらんのに傘差しとるなんて、変な女やと思ったん?

この傘はな、うちのお守りみたいなもんや。あまり気にせんといてや。

あ、けどな、こういうこともできるんや。助けてくれたあんたにちょっとだけ見せたるわ。」


彼女は持っていた傘を閉じた。

そして、傘を労るように優しく撫でてから、ぱっと開くと――

傘の内側から、小さなぬいぐるみやキーホルダーが。たくさん落ちてきた。

傘を閉じる前も閉じたあとも、傘になにか細工をしていたようには見えなかった。


 ・もしかしてこれって手品?

  それになんの意味があるの?


「あははっ。なんや? 狐につままれたような顔してるなあ?

安心しい。あんたの言うとおり、いまのは手品みたいなもんや。」

手品にしては、とても見事な手際だった。


傘から出てきたぬいぐるみやキーホルダーをじっくり観察する。

どれも金魚を模したものだった。金魚が好きなんだろうか?


「なあなあ。あんたは、この先にある学校の生徒なん?」

君だってそうじゃないの?と、僕は彼女の着ている“うちの学校”の制服を指さす。

「あ、ああ……そうやで。でも、うちは学校に馴染んでないから、みんな知らんやろうな。」

僕もそうだよ。

「あんたもそうなん?ああ、先月転校してきたばっかりなんか?へー。

そりゃあ、まだ学校にも慣れてないわなぁ。

よし! じゃあ、特別にうちがあんたの友達になったるわ!どう? うれしいか?

なんやのその顔?あまり嬉しないんか?

……ん? 名前?あ、そっかまだ名乗ってなかったなあ。


うちの名前は、早瀬(はやせ)りん。

りんちゃんでも、りーちんでもなんでもええ。好きに呼んだらええわ。

でも、名前そのまんまで呼ぶんはなしや。これからは、お互いあだ名で呼び合おうや。

友達なんやから、当然やろ?ほな、よろしゅうな。」



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story1-2



学校も町中も、どことなく浮き足立っているような浮ついた空気だった。

理由はもちろん、夏祭りが近づいているから。

日頃、刺激の少ないこの地域の住民にとって、夏祭りは重大なイベントのひとつらしい。


「ちわっ!またおうたな?」


いきなり脇道から飛び出してきたりんに僕はびっくりする。

跳ね上がった鼓動が落ち着いてから、偶然だねと答えた。

「むー。なんやその仏頂面は?うちに会えてしないんか?うん?」

そんなことない。最近いろいろあって……。

「元気がないなら、うちが傘を使って、元気が出そうなもの出したるわ。」


そう言ってりんは、傘を閉じてまた開くという例の動作をおこなった。

出てきたのは、相変わらず金魚の形をしたぬいぐるみやアクセサリーばかり。

気持ちだけ受け取っておくよ、と僕はそれらをりんに返した。


「どうせあんたの悩みなんて、期末テストの結果がよくなかったとか、そんなとこやろ?

あははっ。どうやらその顔やと図星みたいやなぁ?

でも、しゃーないわなぁ。あんたは転校してきたばっかりなんやから成績が悪いのは、諦めえや。」


 ・そういうりんはどうだったの?

  それは、いいわけにならないよ。


「うち?うちは……まあ、ええやん。……べ、別に誤魔化してへんよ。

からかって悪かったわ。じつは、うちもひとのこと言える立場やないんよ。

勉強のこと考えたら、頭痛くなってくる体質なんや。だから、この話はもうまめや。」



会話を弾ませながら、僕とりんは、田んぼに挟まれた田舎道を並んで歩いた。

この先には、僕の家があるけど、りんも同じ方角だろうか……なんて考えていると。

神社の方角から、軽快な祭り囃子が聞こえてきた。


「そういえば、お祭りが近いんやな。あんたは、お祭り好きなん?」

どっちでもないかな。

まだこの町に来たばかりで、どんな祭りなのかもわからないし……。

「じつはうち、お祭りめっちや好きやねん。なんかわくわくしてけぇへん?

そうや。その様子やと誰かとお祭り行く約束なんてしてなさそうやなぁ?

だったら……う、うちが一緒に行ってあげてもええけど、ど……どない?

うちと祭り行って、どんなお祭りか、自分の目でたしかめたらええやんなあ?」

それもそうだね。

「決まりやな。しゃあ、約束や。約束破ったら、承知せえへんで。」

その言葉を聞いた瞬間、僕の脳裡にひとりの少女の面影がよぎった。


「約束守らへん人……嫌いや。」

どこの誰かもわからない、出会ったこともないはずの少女。

なぜか僕の記憶のなかに見知らぬ彼女の姿が混ざり込んでいて、忘れたころに蘇るのだ。

子供のころから、ときどき起こる現象。今回のこの現象の引き金は、目の前にいるりんなのか?


「じゃあ、うちはこれで帰るわ。お祭り行く約束、絶対忘れんといてな?」

そう言ってりんは、いまきた道を戻っていった。


もしかして、家は逆方向なのに僕に合せるためにしばらく一緒に歩いてくれたのかな?

そうだとしたら……ちょっと嬉しいかもしれない。

……じゃなくて、いったいりんは何者だろう?知りたいけど、あまり詮索すると彼女は嫌がるだろうか?


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story1-3




夏祭りなんて、しばらく行ってなかったな。

転校前に暮らしていた町で、町内の友だちと参加して以来だ。


あのころは、なにも考えずにただ楽しんでいた。

祭りで目にするものすべてが珍しかったし。

仲のいい友達と騒ぎながら、夜店をめぐるのも楽しかった。


「ちわっ!もしかして、待たしてしもうた?」

目の前にいるひとが、一瞬誰だかわからなかった。

「制服じゃないから、うちとわからんかったとか、そんなアホなこと言わんといてや?」

こちらの考えを見透かされている。

「うちかて、あまりこういう恰好には慣れてないんよ。でも、お祭りの日ぐらいええやんなぁ?」


 ・もちろん。とても似合ってるよ

  僕も私服で来ればよかった


「そ、そうやろ?……あ、ありがとう。お世辞でもうれしいわ。

本当は浴衣ぐらい着たかったけど、うち浴衣持ってないしなあ……。


夜店が立ち並ぶ神社の参道は、大勢の人々で賑わっている。

そのなかには、華やかな柄の浴衣に身を包んだ女性もたくさんいた。


「まあええわ。他人は他人。うちはうちや。

せっかく、お祭りにきたんや。うちを案内してや。」

そうだね。じゃあ、行こうか。

僕は、露店が並ぶ路地に向かっていく。


「ちょっと……!うちをほったらかして、ひとりでどこ行くん?

うち、こんなひとの多いところ来るんはじめてなんや。だから……ほら手。ん……。」


りんは、こちらを見つめながら右手を差し出してきた。

手を引いて欲しいってことだろうか。


ー瞬、クラスの誰かに見られたらとか、不良に絡まれたりしたらとか、余計な考えが頭をよぎる。

でも、そんなことよりも、困ったように立ち尽くす彼女を放っておけなくて――

僕は自然とりんの手を握っていた。


「い、行こうや。」

僕は、りんの手を引いてひとでごった返している参道を進んでいく。

露店の間を進みながら、握ったりんの手が、緊張で汗ばんでいくのを感じた。


「ね、ね。教えて。お祭りに来たら、まずなにするん?」

祭りの雰囲気に慣れてきたころ、ようやくりんは、本来の元気を取り戻した。

「夜店見て回って……飽きたら神社で肝試し?ヘー、楽しそうやなあ。

それで最後は、みんなで打ち上げ花火見るんか? うちも、花火見たい!」

夏祭りの季節になると、必ずどこかの自治体で花火大会が開かれていると思うがー―

りんは、生まれてから一度も、打ち上げ花火を見たことがないと言う。

「花火は明日か……。明日―緒に花火見ような?」

花火か、しばらく見てなかったし……もちろん構わないよ。

「ええの?ほんまに? やったー!」


その後、僕とりんは手を繋いだまま、露店をひととおり見て回った。


 ***


「珍しいものがいろいろあって、目移りしてまうなぁ。」

なにも買わず、ただ端から端まで目で楽しんだだけなのに、りんはとても喜んでいた。

「じゃあ、今夜はこれて帰るわ。」

え? もう?

「うち外出時間、決められてんねん。

明日、たっぶり楽しむために今日は早めに帰って両親を説得するわ。

言うても、お祭りの空気にも触れられたし、今日のところはこれで満足や。」

そういうことなら、と僕はりんを待ち合わせ場所まで送っていく。



「じゃあ、また明日。同じ場所でな!」

最後に強く僕の手を握り返してから、家へ帰っていった。

しばらく、りんの手の感触を思い返したあと、……うちまで送っていってあげるべきだたと僕は自分の失敗に気づいた。


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story2



仲のいいクラスメイトにりんのことを訊いてみた。

けど、彼女のことを知っているクラスメイトは誰もいなかった。

うちの制服を着ていたから、同じ学校の生徒なのは、間違いないはずだけど……。

クラスメイトが知らないということは、もしかして学年が違うのだろうか?


昨日と同じ場所で、彼女が来るのを待っていた。

……でも、約束の時間になっても、、りんは現れなかった。


両親を説得しなきゃ――とか言っていた。

ひょっとして、その説得に手間取っているのかもしれない。


僕の家も、夜間の外出は、口うるさい母親によって制限されている。

ただ、今夜は友達とお祭りに行くと告げると、特別に許可をくれた。

不自由な学生の立場にときどき息苦しさを感じることはある。

けど、いまの僕には、自立して生活できるだけの経済力も能力もない。

大人になるまでの辛抱だと思っている。


……それにしてもりんはまだこない。

待ち合わせの時刻から30分以上すぎていた。


ふと、ひとの気配を感じて僕は顔をあげる。


「あれ~。どうしてここにいるの?もしかして、ひとりで来たの?」

クラスの中心グループに混じっているいつも賑やかな女子生徒だ――

「制服着てくるなんて真面目だね?転校する前の学校にそういう決まりでもあったの?」

僕の存在に気付いて、わざわざ周囲に知らせるために大声で騒いでいる。


……なんでこんなときに運悪く見つかっちゃうかな。

「でも、ひとりで祭りなんて。寂しくない?」

別に本人さえよければ、ひとりで祭りを楽しんだっていいじゃないか。

すぐに徒党を組みたがるお前らと間じだと思うなよー--とは言えなかった。

「女の子と待ち合わせでしよ?昨日、一緒にいるの見たわよ」

昨日、りんといたところを見られていたらしい。

「あれ誰なの?知らない顔だったけど……」

でも、この反応を見る限り、彼女たちもりんのことは知らないみたいだ。


「は? お前彼女いるのかよ?生意気だな」

最悪なことに運動部の男子たちも同行していた。

いつも居丈高で、自分たちがクラスの中心にいて当たり前だと思っているようなやつは、どの学校にもいる。

僕が前にいた学校にも、似たような人種が、男女入り交じってグループを作り、クラスをまとめているような顔をしていた。

ま、こっちは、まとめられているつもりなんてなかったけど……。


「ごめん!ごめんな、遅れてしもうて。」

絶妙なタイミングで、りんが息を切らせながらやってきた。

「両親が頑固でなあ。全然うちの話聞いてくれんから、手間取ったわ。」

そう言うと、りんは佻とクラスメイトのグループを見比べて、一瞬で事態を察したらしく。


「ちわっ!ちわちわっ!」

クラスメイトひとりひとりに敬礼しながら挨拶した。

みんな、意味がわからずぽかんとしている。

「なんや、元気ないな!まあええわ、行こうや。」

僕の手を引いて、強引にその場から引き摺っていく。


「誰あれ?」」

「前の学校の友達とかじゃない?」

クラスの連中が、背後でりんのことを言っているけど……。

構うことはない。


僕はクラスメイトたちに軽く会釈をして、りんとともにその場を離れた。


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story2-2



僕が予想したとおり、りんが遅刻した理由は――

両親を説得するのに時間が、かかってしまったかららしい。


「ごめんな。だいぶ、待たせてしもうたな。

怒ってないか探るような目で、僕の目をのぞき込んでくる。


  りんの両親は、厳しいひと?

 ・怒ってないから、心配しないで


「ほんまに?待ち合わせに遅れたんはうちやから、怒ってるんやったら、いま言うてな?

あとからなんか言われるよりも、ここですっきりさせたほうがマシやわ。」


遅刻の理由がわかった。だから、この件はもうおしまいだ。

学生の身の不自由さは、僕もいままさに体験しているところだ。

りんを責めるつもりはない。


「花火までまだ時間あるなあ?だったら、いまのうちに夜店見てまわらへん?

昨日、ひととおり見て、おもしろそうなもの目星つけといたんよ。

まず、どこから見ていく? なあ?なあ?」

りんは、子どもみたいに僕の制服の袖をツンツンと引っ張る。


そうだなあ。

りんは、金魚が好きみたいだから金魚すくい屋さんに行こう。

「ええよ!ほな、出発や!」



水を張った大きなトレイのなかで、赤と黒の金魚が、窮屈そうに泳ぎ回っている。

金魚すくい屋さんを見ると、僕はいつも思う。

すくわれなかった金魚は、祭りのシーズンが終わるとどうなってしまうのだろうかと。


「うわー、こんなたくさんの金魚見るんはじめてや。え? これ、すくって持ち帰れるんか?」

そうだよ。金魚すくいやってみる?

「……うち自信ないわ。あんたが、とってくれへん?

あ、でもいまとってもうたら荷物になるな。後回しにせえへん?先に別のところまわろうや。」

見るものすべてが新鮮とばかりに、りんは次の夜店に興味を向けた。

「スーパーボールすくいやて。色とりどりで奇麗やなあ。見てるだけで楽しいわ。

あそこにあるのは輪投げか?本で読んだことあるわ。あんた、輪投げはどうなん?

やったことない?あはは、うちと同じやな。

じゃあ、一緒にやってみいひん?惨めな結果になっても、お互いに慰められるしなあ。」

いいよ……と僕は張り切って挑んでみたものの。

僕とりんの輪投げの成果は散々だった。

りんは全部外れ。僕は、かろうじて1個だけ輪を的に通すことができた。

1個成功した記念品として、僕は金魚の形をした小さな鈴をもらう。

金魚が好きなりんにその鈴をあげることにした。

「ほんまにええの?うれしい! 大事にするわ!」


あれだけ傘から、金魚にまつわるものばかり出しているのを見たら、金魚が好きなことぐらいわかる。

金魚好きなりんに持っていてもらったほうが、その鈴も喜ぶだろう。


「なにかお礼せんとな。……あ、そうや。さっきからええ匂いしてるなと思ってたんや。」

りんが、次に興味を向けたのは、ベビーカステラの夜店だった。

甘くとろけるような匂いを放つベビーカステラは、たしかに食欲をそそってくる。

「男の子やから、お礼は食べ物のほうがええやろ?食べたいだけ言い。うちがお金出してあげるわ。」

財布片手に夜店に近づいたりんは……即座に引き返してきた。


「えらいことや!

このお店、カステラもらえる数、ルーレットで決まるらしいわ!」

なるほど、そういう形式(スタイル)なのか。

よくある払う代金は同じだけど、ルーレットの結果によっておまけがサービスされるパターンだ。


「ルーレット、うちが回してええの?外れても知らんで。」

お金を払った分の量はもらえるはずだ。

だから気にせず、思いっきり回してきていいよ。


「ほら、回した!……って「普通」ってなんやの?おまけなし、ってことか?」

がっくり肩を落とすりんを見て、店主が申しわけなく思ったのかー―

10個だけベビーカステラをサービスしてくれた。


「優しいひとやったな。さあ、食べようや。」

袋から、いまさっき焼けたばかりのベビーカステラを取り出してロヘ運ぶ。

「うーん……甘くて、外はさくっとしてて。予想どおりの味やなあ。」

お祭りでは定番の食べ物だが、りんにとつては初めて食べるもの。

その無邪気な反応を見てると、こっちまで嬉しくなってくる。


りんと来てよかった。ひとりだったら、こんなに楽しめなかった……。

いや、そもそもりんに誘われなければ、祭りには来なかったはず。

誘ってくれたりんに感謝しなきゃ。


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story2-3



「なあ、今度はかき氷食べへん?

あんたの好きな味はなんやの?やっばりイチゴ? それともレモン?

あ、もしかして、ブルーハワイか?」

知ってる?あれって味はみんな同じシロップで、違うのは色だけなんだって。

「うそやーん。そんな夢壊すようなこと言わんといて欲しいわ。」

ぷいっと怒ったような仕草で、そっぽを向くりん。

僕は、怒らせたお詫びにかき氷を買つてきてあげることにした。

なに味がいい?いや、なに色のかき氷がいい?

「うーん……そうやなあ。やっぱりイチゴ味かなあ。あんたは、なにがええの?

いや!あんたはブルーハワイにしいや。そしてうちにちょっとだけ食べさせてえや。

だから、シロップの味はどれも同じだって言ったのに……。

夢見るりんには、真実なんて関係ないみたいだ。

結局、りんの願いどおり僕はブルーハワイ色のかき氷を買い、りんはイチゴ色のかき氷を買った。

僕とりんは、神社の境内に座り込んで、かき氷を食べることにした。


「お祭りには、いろんなひとが、やってくるんやな?」

人混みが苦手そうだったけど、もう慣れた?

「うん。最初は、ひとの多さにびっくりしたけどな。もう心配せんでええよ。」

そう言ってりんは、ストローを切ったスプーンで、イチゴ色のかき氷をすくって食べた。

「イチゴの味がするわ。みんな同じ味なんてやっばり嘘や。」

それなら、こっちのブルーハワイも試してみる?

「うん。―口食べさせてぇや。」

そう言ったきり、りんは動こうとしない。

これってつまり、僕のスプーンですくって食べさせて欲しいってことだろうか?

「どないしたん?早くしてぇや。


 自分のスプーンを使う

 りんのスプーンを借りる


僕のスプーンを使うのは、さすがにまずいと思う。だから僕は、りんのスプーンを借りることにした。

「え? うちのスプーンを使う?別にええよ。」

スプーンを借りてブルーハワイ色のかき氷をすくった。


りんは躊躇うことなく、かき氷を口に含んだ。

「うん、甘い……。それにわずかに爽やかな風味が混ざってる気がするわ。

イチゴとは、ぜんぜん違う味やわ。

やっはり、同し味のシロップやなんて嘘やん。もう、うちをからかわんといてえや。

りんは、僕の肩を優しく叩く。

そこまで自信満々に言われると、騙されているのはりんではなく、僕のほうな気がしてきた。


かき氷を食べている途中、僕はあの傘のことが気になったので尋ねてみた。

「言うたやろ?あれは、手品みたいなもんやって。傘そのものに不思議な力はないんよ。

不思議なんは、うちの体質……。いや、うちの家系と言ったほうが正しいかもなあ。

ご先祖さまは、うちがしてみせたみたいに傘から金魚を出して、ひとを楽しませていたらしいんや。

いまでいう、大道芸人みたいなもんやな?

そのご先祖さまの力が、うちにも受け継がれてるらしいんやわ。

けど、そんな力があったって使うところもないし、うちは大道芸人になろうとも思ってない。

だから宝の持ち腐れや。せめて、あんたが驚いてくれたんが救いやわ。」

傘から金魚に関するものを出す不思議な力か……。

りんの言うとおり、そんな力、持っていたって使い道がないー―

「これからうちが神社の境内で芸をするから、見ていったらええ。


例の記憶が、一瞬だけ脳裡をよぎり、そして消えていった。

頭を軽く振って、はっきりした意識を取り戻す。


「なんや?ひとが、ぎょうさん集まってきはったなあ?

僕は時計を見た。そろそろ打ち上げ花火がはじまる時間だ。

神社は、町で一段高いところにあるので、花火を見るにはうってつけの場所だった。

「なら、うちらはもっと高いところにいかへん?

せっかく見る花火や。どうせなら、特等席で見たいやん?」

りんは、神社の裏山を指していた。


まさか、あそこに登るつもり?

「あそこなら、ふたりだけの特等席になりそうや。なあ、いこうや。」


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story3



僕とりんは、真っ暗な山の斜面を登っていく。

雑草に足を取られて、地面に飛び出した木の根につまずきながら、ふたり力を合せて山道を進む。


「ここまで登って来るひとは、誰もおらんやろな。


肩で息を弾ませながら、りんはうしろを振り返る。

さきほどまで僕たちがいた神社の境内は、花火見物に集まったひとたちですし詰め状態だった。

僕たちは、彼らを出し抜いた高揚感に気持ちをたかぶらせていた。


ふと、僕に手を引かれるりんの足取りが、急に鈍くなった。

少し登るぺースを落とそうか?

「問題ない。もうちょっとで頂上や。あそこなら、きっと奇麗に花火が見えるで。


遮るものがなにもない田舎の夜空。

視界の先に山の頂上が見えた。あそこで花火を見たら、きっと凄い体験になるだろうな。

あと、数歩で頂上に到着する。あそこまでいけば、誰にも邪魔されないふたりだけの場所がある。


「やった。ここ誰もいないじゃん」

「私たちの特別席だね。やだー、虫がいる」

頂上から聞こえてくる他人の声に僕は愕然とする。

「うっせ一な一、虫ぐらい我慢しろよ」

この声は、さっきも聞いた声だった。


先に頂上にいたのは、僕と同じクラスの連中……。

まさか、あいつらに先を越されていたなんて……。

でも、一番良い場所で花火を見たい、というりんの願いは、叶えてあげたかった。


あいつらのことは気にしない……する必要もない。

ここまで登ってきたんだ。頂上まで絶対にいきたい。いや、絶対にいく。

でも、りんはどう思うだろう?知らないひとがいる場所には、いきたくないかも……。

りんの意思を確認するために、うしろを振り返った。


「……はっ。 うっ……。」

りんは、胸を押えて苦しそうに顔をしかめていた。


最初に会ったときの情景が蘇る。

あのときも同じように胸のあたりを手で押えて苦しんでいた。


「ご、ごめん。生まれつきの持病や……。時々、あることなんや。

だから、心配せんでええ……。ちょっと休んだら治まるから。」


持病。その言葉が、いままで聞いたどの言葉よりも、重く僕の胸に響いた。

病気だったから、学校にも来られず、誰もりんのことを知らなかった。

病気だったから、いままで花火を見たことがなかった。

病気だったから、お祭りにも来たことがなかった。


りんは、胸を押えたまま、懸命に息を整えようとしているが、容態はよくなる気配がない。

――山を下りよう。僕は即座に決断する。

麓の神社に戻れば、祭りの運営に関わっている大人たちがいる。僕の親もそこにいるかもしれない。

誰かに頼んで、りんを病院に連れて行ってもらおう。

「い……いやや。うち、花火見たかったんや。あんたと……一緒に……。

それは、僕も同じ気持ちだ。でも、その様子では、どう見ても無理だ。

「いや……絶対に花火……見たいねん。」


嫌がるりんを抱きかかえ、僕は登ってきたばかりの斜面を下りていく。

りんは、最後まで拒んでいたけど僕を振りほどく力すら出ないらしく……

やがて諦めて、僕に身を委ねた。


突然、真っ暗な視界にカラフルな明かりが差した。

遅れて、どーんという音が周囲に響く。打ち上げ花火がはじまったんだ。


「うわー。きれい」

「やっぱりここなら、よく見えるね」

山頂にいたクラスメイトたちの楽しそうな声を僕はできるだけ耳に入れないようにしながら山を下りていく。


気がつくと、りんは僕の腕のなかで泣いていた。


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story3-2



花火大会の夜。

病院に運び込まれたりんは、即日入院することになった。

りんが、生まれてからずっと煩っている病はー―

いつも突発的に発作が起き対処できなければ命に関わる病気だという。

りんが、外出許可を得るため、両親の説得に手間取つたのは当然のことだ。

それでも最近は、発作が起きる回数も少なく、容態は比較的安定していた矢先の出来事だったため。

りんも、彼女の家族もショックを隠せなかった。


夏休みに入り、学校に通う生徒が、少なくなったある日。

誰もいない教室で、僕は一時的に退院したりんと再会していた。


「この教室で毎日勉強してるんか。なるほどなあ。

初めての校舎と教室を興味深そうに眺めている。

りんも、この学校の生徒なのに入学する前からずっと病院にいたため。

こうして校舎に足を踏み入れるのは、初めてだという。

「でも……これが最初で最後になるかもなあ。

最近は、容態が落ち着いていたため、もしかして学校に通えるかもしれないという話も出ていたようだが……。

夏祭りの夜に倒れてしまったせいで。

りんは、再び病院へ舞い戻ることになってしまった。

「それも、今度はごつつ違い病院や。うちのおじいちゃんがやってる病院なんや。


生まれつき病弱だったりんは、おじいちゃんが経営している病院で入退院を繰り返していた。

りんの言葉の訛りは、その病院がある土地の訛りだそうだ。

「あんたとも、しばらくお別れやな?

ごめん。祭りの日、もっと早く、りんの体調の変化に気づいていれば……。

ひよつとして再入院という事態は、避けられたかもしれないのに。

「なんであんたが謝るん?うちは、感謝してるんや。

ずっと夢やってん、友達と夏祭り行くんが……。

ええ思い出、作れたわ。祭りの夜は、人生で一番楽しい時間やった……。」

これからの寂しい入院生活を予想したのか、りんは悲しげに顔を伏せる。


 ・また一緒に行こう。

  まずは、病気を治すんだ


「うん……。そやな。また一緒にお祭り、いけたらええな。

そんときは、今回見て回れなかった夜店見て回ろうな?

そんで次こそは、打ち上げ花火、絶対見ような?」


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story3-3



「なあ、うちに学校案内してくれへん?

いちおう、うちもこの学校の生徒やからな。自分の通う学校のこと知っておきたいんや。

りんが、この学校に生徒として普通に通える日はいつだろうか……。

だからこそ、りんはしっかりと自分の学校を記憶に焼きつけておきたいのだ。


僕は、りんに校内を案内してあげた。

日頃使っている下駄箱から廊下。

それに運動部が使ってる校庭や集会が行われる講堂などを案内してあげる。


「あそこが職員室やな?チャイムが鳴ったら、あそこから先生が出てきて、教室にやってくるんやなあ?」

それまで僕たちは、それぞれの席に着いて先生が来るのを待っているんだ。

なかにはギリギリまで騒いでいる生徒もいるけど、そういう生徒は、いつも怒られている。

「うちも、学校に通ってたら、そういう落ち着きない生徒になってたかもなあ。

でも、ええ子を装うんは得意なんや。怒られんように全力で、ええ子になりきってみせるわ。

その様子が目に浮かんで、僕は思わず吹き出しそうになった。

りんと同じクラスになったら、きっと楽しいだろうな。

「きっとやない。絶対楽しいわ。

あ、この机なんか?あんたが、いつも使ってる机は?

りんは、僕の席に座って教室中をゆっくり見回した。


「毎日この景色を見てるんやね?

最近はちよつと飽きてきたけどね。

「先生!その問題、うちがといてみせます!

なーんて、言ったりしてんのか?

そんなに元気な生徒はいないよ。小学校じゃないんだから。

「あははつ。ごめんな。うち小学校の授業しか知らんから、時々とんちんかんなこと言つてまうんよ。

……そっか。ごめん。

「―々、謝ることないわ。でも、高校生か……ええな。同い年の子らと、机並べて勉強できるなんて。

僕らにとっては、なにげない日常。うんざりするほど繰り返している日常であってもー―


りんにとつては、それが理想の日常なんだ。

それを思うと願わずにはいられない。

りんの病気の快復を普通の学生生活に戻れる日を――


「時間や。そろそろいかんと……。

りんは、名残惜しむように僕の机を指先で撫でたあと。

「元気でな。一日でも早く病気治せるように、うちはうちで頑張るから。

だから、あんたも学生頑張りや?うちが学生に復帰したら、まずは、あんたに勉強教えてもらわな。やろ?

だから、それまでお別れや。」

りんは、小指を立てて僕に向けた。

僕は、りんの小指に自分の小指を絡ませる。

「でも、うちの病気、すぐには治らんかもしれん……。

それでも、打ち上げ花火見に行くうちとの約束、忘れんと覚えててくれる?

もし、自信がないんやったら、うちに変な期待はさせんといて欲しい。どうや?」


 ・もちろん、約束は守るよ

  急に弱気になって、どうしたの?


「その言葉聞いて安心したわ。うち、絶対に病気治すからー―

だから、待っててな?



「ほな、もう行くわ。見送りはええからな。

学校の玄関に行こうとするりんだったが、突然思いついたように立ち止まる。


「やっぱり、あんたにだけ見せてあげるわ。うちの正体を……。

そう言うと、りんはいつも持っている傘を開いた。

傘の内側から、金魚が無数に出現する。

またオモチャの金魚かと思ったが、金魚たちは空間を水のなかにいるように自由自在に泳ぎ回っている。

そして、華麗に尾びれと背びれを揺らしながら、僕の周囲をとおりすぎていった。


いまのは幻……?それとも……?

そんなことを考えているうちに、金魚たちはすべて煙のように消え失せていた。

そしてりんも、金魚たちとともに僕の前から消えていた。



 ***


暑い夏が続く。

僕は、たちのぼる陽炎にうんざりしながら、いつもの田舎道を歩いている。


りんと初めて出会った場所に到着した。

僕は実は意味も無く、彼女の姿を探してしまう。

でも、りんはどこにもいない。

彼女と夏祭りに行ったあの日から、もう1年が経過していた。


彼女は、ひと夏の幻のように僕の前に現れ、そして遠くに行ってしまった。

僕は、りんが戻ってくると信じて待っているが……。

このままだと今年も、りんと花火大会を見ることはできないのかもしれない。



夏の終わりが近づくこる、僕はある決意を固めていた。

――りんに会いにいこう。

2度目の夏がすぎ去るその前に、2度目の夏祭りが終わってしまうその前に――

彼女との約束を果たすことを決意して、僕は旅立ちの準備を整えた。


――じゃあ、また明日。同じ場所でな!――



―夏に咲く君へー

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・それになんの意味があるの?

「意味なんてないよ。ただ、うちに構ってくれたあんたにお返しの意味で、見せてあげただけや。

どうや?びっくりしたんやろ?冷静ぶってないで、正直に言いな。なぁ?」



 ・それは、いいわけにならないよ。

「お、ええな。男らしいわ。うち、そういう男らしいひと、嫌いやない。

次のテストで頑張らんとな。応援してるで。」



・りんの両親は、厳しいひと?

「うちの両親か?さあ、厳しいといえば、厳しいな。でも、どこの親も同じようなものちゃうん?

ただ、ほかの親よりも、頭は固いな。それは間違いないわ。」



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