双翼のロストエデン3 Story4

 
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白猫ストーリー
黒猫ストーリー

2017/00/00

目次

Story1
Story2
Story3
Story4
Story5
最終話


主な登場人物







story9 リザ・リュディ・未来【絶級】



出発前、空気が張り詰めていていた。

当たり前にゃ。
無理もなかった。アルドベリクたちの選択は、困難である、という以外には何の未来も見いだせないものだった。
ただ、そんな中でも、努めて明るく振る舞うのがルシエラである。
皆さん、辛気臭い顔をして……。そんな深刻に考えたって、どうにもならないですよ。
せやね。水は低い方に流れるっていうし、笑ってた方がいい結果がついてくるやろうね。
応じてみんなが笑顔を見せる。だがその笑顔はどこかぎこちない。
君たちはアルドベリクを待っていた。
ヤラの質問に答えることと引き換えに、ベリカントたちの情報を得る取引に応じていたのだ。
戦いとは関係ないことだが、今ヤラは何を質問し、アルドベリクは何を答えているのか。
そんなことがとても気になっていた。

やがてアルドベリクが戻ってきた。
後ろにはムールスが追随し、さらにその後ろの暗闇にはヤラが見える。

留守を頼む。
お帰りは、是非誰ひとり欠けることのないようお願いします。料理が無駄になってしまいますから。
わかった。そういえば、他の使用人同様、お前にも暇を出したはずだが、なぜまだここにいる?
今更、他家に仕えても、向こうで上手くやれる自信がないのです。ここの習慣が染み付いてしまったもので……。
不器用な奴だな、お前は。
たぶん主に似てしまったのでしょう。
その減らず口は、俺に似たわけではなさそうだ。行ってくる。
アルドベリクがこちらに歩いてくる。ゆっくりとした歩みが、いやが上にも緊張感を高める。
さあ、出発しましょうか。

 ***


取引の場所は、砂塵の絶えない場所だった。高台だったせいもあり、風が止むこと無く吹き荒れていた。
下に見える巨大な街の半分は砂で埋まり、逆巻く乾いた風はたびたび小規模な稲光を起こした。
元々はこんな場所ではなかったのだろう。

よく決断したな。
余裕たっぷりでベリカントが言った。おそらくこの男がこんな場所にした原因なのだろう。
あの男の右腕には、気を失っているリザが抱かれていた。

無事なんだろうな。
もちろん生きている。
返してもらおう。
首を横に振り、ベリカントは答える。
ルシエラが先だ。
お前を信用できるわけがないだろう!
信用する必要はない。従うんだ。この場を支配しているのは誰か? お前たちではないだろ?
あなたを信用するとか、従うとか、そんなことはどうでもいいことです。
私とリザを交換です。
言葉の意味も、行動の意味も気にしないかのように、ルシエラは無造作にベリカントの元に歩いていく。
話が早いのは好きだ。
じつは、私はあなたを信用していますよ。あなたはリザも殺していないし、私も殺さない。
だって、あなたは人質をとっておかないと戦えないんですからね。
その減らず口も、俺の中では聞こえん。
鎧の前部が開き、中から出てきた砂の塊がルシエラを呑み込んだ。
ほんのわずかな時間でそれが行われると、再びベリカントの鎧が閉じた。

リザを返せ。
わかっている。生きたまま、この娘を返す。そういう約束だ。
ベリカントは右手のリザを高々と持ち上げる。
生きた、まま。
そのまま、虚空に投げ捨てた。落ちてゆく先にあるのは、砂で埋もれた街だけだ。
お前のような奴のやることはわかっている。
その出来事にも、アルドベリクは動じる様子はなかった。
リュディが素早く反応し、落下していくリザを追い、彼も砂の街へと消えてゆく。
クィントゥス。あのふたりを頼む。俺の大事なものだ。
……わかった。
普段なら、クィントゥスも素直に応じなかったのではないか、と君は思う。
真っ向勝負を好む彼のことだ。ベリカントを殴りたくて仕方がなかったはずだ。
でも、彼は従った。

お前もだ。頼む。
君に向けられた言葉だった。君も静かに頷き、リュディたちの後を追った。
この戦いはアルドベリクとルシエラのものにゃ。ふたりに任せるにゃ。


その場にベリカントとアルドベリクが残った。
それを見守るヴェレフキナとシミラル。彼らは自らの住む世界の原理原則として、この戦いに参加はしなかった。
ただ、見守っていた。
そして、もうひとりの傍観者ヤラ。
フフ……。
彼女は満足げに笑っていた。

アルドベリク。観客はいるようだが、楽しむのは俺たちふたりだけだ。
せっかくの機会だ。まあ、ゆっくりやろうじゃないか。
……。


story9-2


落ちていくリザをすぐさま追いかけたが、地面に近づくにつれて、砂煙が濃くなっていた。

クソッ。視界が。
目に見えないものを捕まえることは出来ない。
闇雲に速度を上げた所で、追い抜いてしまうだけかもしれない。
砂煙があらゆる選択肢を覆ってしまったが、ひとつだけ方法が残っていることにリュディ自身は気づいていた。
そして、それに賭けた。
風よ! 俺の力に応じろ!
リュディとリザの故郷では、魔力を持った石の力を借りることで、風を取り込み、飛行する技術があった。
かつて全ての陸地が海に沈んだ彼らの世界ならではの魔道体系であった。
ふたりはそれぞれ同じように肌身離さず、故郷から持ってきた石を身に着けていた。
リュディは近くにいるはずのリザの石を反応させて、風を起こしたのだ。
どこにいるかわからなくとも、リザが地面に直撃することはない。
リザの石を通して、地面とその石の間に空気のクッションをつくる。
地面からも砂煙が吹き上がり、視界はほとんど生きてはいなかった。
だが、少なくともリザの体が地面と激突することは避けられたはずだった。

ガッ、いて!
他の石を操りながら、自分の石を操る。そんなことをすれば、どちらかがおろそかになるのは当然だった。
リュディは不格好な着地で、砂の上に投げ出された。
ててて……って、だめだ……!
だが、痛みにかまけて、寝ているわけにはいかないと、すぐに起き上がり、リザを探す。
石のある場所はわかっていた。徐々に落ち着いてゆく風を頼りに、先へ進んだ。

 ***

リザ!
風の深層には、気を失っていたリザがいた。
念のため首元に触れてみると、生きていることをほのかな温もりが教えてくれた。
……う、コホコホッ!
無意識の呼吸で、砂埃を吸い込んだようで、リザは吐き出すように咳をした。
リュディ……。あなたが助けてくれたの。
ああ。
よかった。もうだめかと思った。ありがとう。
弱々しく、リザの両腕がリュディの体に巻き付く。
大丈夫だよ。
リュディは応じるように彼女の後ろ髪に手を添える。
だから、その手に持った短剣は下ろしてくれないか?
……ッ!
リザの後ろ髪をひっつかみ、強引に自分の体から引き剥がし、短剣の握られた右手を抑える。
自由を奪ったかに思えたが、リザは□から血のようなものをリュディの顔に吐きかける。
チッ!
一瞬生まれた、隙を見逃さず。リュディから逃れ、大きく距離を取った。
砂埃のヴェールの中で、リザの姿が歪んでいく。

まさか……バレるとは。

 ***

低級なサキュバスだったティキーはある時恋をした。
本来なら人間の男を自分の思うがままに操るはずのサキュバスが恋をしてしまったんだ。
それは不幸な出来事でしかない。
その不名誉な恋心を仲間に知られてしまったティキーは、男を目の前で殺され。自らも目をくりぬかれた。
彼女が最後に見たのは、愛する者の死だ。

「哀れなアンタにはこれをあげよう。アンタを癒してくれる。愛しい人のようにね。」
「いとしいひと……」

あいつは嬉しそうにその果実を食べたよ。久しぶりに会った恋人のようにね。

 ***

君とクィントゥスがようやくリュディたちの居場所にたどり着く。
その場では、リュディはリザではなく、ティキーと対峙していた。

リュディ、無事か?
問題ない。
知っていたのか……わたしの力を。
お前の力は、その偽の眼で作り出す幻覚だ。その眼を見れば、相手はお前の姿が別人に見えてしまう。
それは知っていたけど、問題はそういうことじゃない。
なに?
お芝居が最悪だ。リザが俺に素直にありがとうなんて言うわけないよ。
リザは性格がめちゃくちゃ悪いからね。
リュディが剣を抜く。その刃は魔力を帯び、光り出した。
それじゃあ、ホンモノの居場所を教えてもらうよ。


story9-3


実力の違いは明らかだった。
立ち会いを繰り返すたびに、リュディが致命的な一撃を繰り出していた。
このぉお!
手刀がリュディを襲う。が、リュディはそれを剣の柄でうけとめ、すぐに力の向けられている方向へいなす。
そろそろ諦めたらどうだい!
流されて、体の開いた所に、リュディは肩を当てて、ティキーを後ろへ突き飛ばした。
な……。
これで何回目かな?
ティキーの肩口には刃が添えられている。もう何度も同じように致命的な一撃を彼女は受けていた。
これまで命を繋いでいられたのは、リュディのおかげだった。

なんだよ、心配の必要はなかったな。
それはそれでいいことにゃ。

ようやく観念したのか、ティキーはペタリと地面に腰を落とした。
殺せ。
それはアルドベリクに禁止されているんだ。お前は人間だから殺すことに慣れてはいけないってね。
それにまだあなたには仕事がある。リザの所に案内してほしい。
恋人を助けるか……。くだらない。
その眼の話は聞いた。殺されたんだよね。
殺された? 裏切られたのよ。サキュバスはサキュバスなりのやり方で殺す。意味はわかるでしょ?
わたしの眼に焼き付いているのは、裏切りの光景よ。わたしは、一番殺したかった奴をこの手で殺せなかった。
それなら良かったじゃないか。
は?
きっと殺していた方が目覚めが悪い。俺も自分の父や母を失った。目の前で怪物になったのを見た。
それが両親の最後の光景だ。最悪だろ? でもここに来て、新しい家族が出来た。
きっとあなたにも新しい出会いがある。悪いことばかりじゃないはすだ。
……。
それとひとつ訂正。リザは恋人じゃない。家族だ。恋人なんて言ったらぶん殴られる。

ティキーは指先で自分の左をさした。そこには半分砂に埋れた扉がある。

大丈夫?
わたしの心配? よしてよ。そんなにやわじゃないわ。


せーの!
君たちは砂に埋まった扉を開けるのを早々に諦め、クィントゥスの拳によって壊すことにした。
剛拳が衝突し、扉を内側にひん曲げた。
いい感じじゃない?
任せとけ。
クィントゥスでも手加減って言葉は知っているんだね。
当たり前だ。ただし滅多に使わないけどな。

曲がった扉を建物の内側に押し込む。扉は砂埃をたてて、倒れた。
薄暗い部屋に、光が伸びてゆく。奥に横たわる人影が見える。
リュデイが影に近づく。砂のない地面はゴツゴツと狭い部屋の中に音を響かせた。

リュディ?
うん。
その変な足音、あなただと思った。
変? どこが?
会話しながら、リュディはさらに側に寄る。人影も半身を起こし、ゆったりと構える。安心しているようだった。
どことは言えないけど、なんか変なのよ。ユニークって意味よ。
それってフォローしてるつもり?
フォローなんかしないわよ。相応しい言葉を当てはめてるだけ。というか、どうでもいいけど………。
暗闇のカーテンの向こうから,滑るようにリザが現れる。彼女は両手を目の前に掲げている。
早く縄を解いてくれない?
リザはイタズラっぽくにっこりと笑った。その笑顔を見て、リュディは答えた。
良かった。今度は本物みたいだ。
どういう意味?
めちゃくちゃ性格が悪いって意味。

縄を解かれ、自由の身になると彼女は君を見た。その顔に冗談めいたものはなかった。
無理もない、まだ戦いの最中である。そうそう笑っていられない。と君は思う。
誰、これ?
というわけでもなかった。ただ君のことを不審に思っているだけだった。
にゃは……。まあ、そういえば初対面みたいなもんだったにゃ。
リュディが簡単に君のことを説明すると、彼女も少し君のことを思い出したようだった。
あーあーあー……。いた。確かにいた。アレよね、クドラくんの中の人よね。
彼女の中で、自分がそういう覚えられ方をされていることに、君は少しだけがっかりした。
リザとリュディにとっては、昔の話にゃ。こんなもんにゃ。それに今回もクドラくん着ていたにゃ、キミ。

で、魔法使いはいいけど、アルドベリクとルシエラは?
……ふたりは別のところに。君の解放は、ルシエラとの交換なんだ。
は? じゃ、私の代わりにルシエラが? アイツに?
その話を聞いて、リザは驚いた顔のまま固まってしまった。
君が、何か慰めるようなことを言うべきかと迷っていると、リザは胸を膨らまし大きく息を吸った。
動作が終わった途端、リザはリュディをぶん殴った。
なんてことするのよ……。そんなことされても、私は何も嬉しくないじゃない!
握りしめた拳が震えていた。殴られた頬を抑えながら、リュディが答える。
アルドベリクとルシエラが決めたことだ。俺たちを守るためなら、あのふたりは何でもするよ。
悔しい……。こんな迷惑ばっかりかけて。私は何なのよ。
ジェネティスを倒した時も、俺たちの故郷を救ってくれた時も、あのふたりは迷惑だなんて一言も言わなかった。
俺たちがいくらでしゃばったって、大人ぶったって、あのふたりは俺たちを守ろうとする。一人前には見てくれないよ。
ほんと、迷惑。
ほんっと……迷惑よね……。過保護過ぎるのよ、あのふたり。なんで自分のことより私たちなのよ……。
リザはすべてを理解したように、力なく呟いた。ぽつりとリザが漏らした。
そういうことか……。
俺たちが出ていかなきゃ、あのふたりはいつまでも子離れしないよ、絶対。
何度でも命を賭けて守ってくれる……。

リザが諦めたように、大きく頷く。
彼女はリュディを見返す。

リュディ……。
決然とした表情ではあったが、ほの赤い頬には、涙が伝っていた。
故郷に帰ろう。




story10 「悪」の王【覇級】


ぐはッ! ぐうう……ぬう。

傷ついた体を辛うじて両足が支える。
だがその眼はいつも以上に鋭く光り、ベリカントを睨みつけていた。
それだけか? 大したことのない奴だな、お前は……。
この状況では何を言われても腹が立たん。やせ我慢と負け惜しみは耳に心地いいだけだ。
覆いかぶさるように、ベリカントが顔を間近まで近づける。
大丈夫だ。安心しろ。簡単には終わらせないよ、アルドベリク。

 ***

ベリカントは軟弱ではあったが心優しい魔族だった。
だが、暴力と略奪が常識としてまかり通る魔界において、アイツは常に奪われる側だった。
最後に残った恋人も、奪われた。争いに巻き込まれ続け、気づけば家族も友もいなくなっていた。

絶望したベリカントは強い体を求めた。だからアタシはアイツに力を与えた。
アイツの体は砂の集まりだ。斬られても殴られても、砂は再びひとつの所に集まり、アイツを形作る。
アイツにとっては理想の体だった。強くなったアイツは恋人を取り戻した。
そこまではよかった。

砂の塊となったアイツを見て、恋人はどうしたと思う? 逃げたんだ。
アイツは恋人を抱きしめたさ。逃げないようにしっかりと。恋人の血は砂に吸われてしまったよ。

 ***

何度目かわからない殴打がアルドベリクのみぞおちを貫く。
めり込んだ拳が呼吸を奪う。それでも跳かず、歯を食いしばりベリカントを見据える。

お前は、何が望みだ。
拳を引くベリカントは、まるで責め苦を受けているのが、自分であるかのような錯覚を覚える。
手ごたえの無さが彼の氷のような心に虚しさを与え、炎のような怒りに内省の水を送り込む。
復讐。魔界への、復讐だ。
自分の心の中を確かめるように、ベリカントはくぐもった声をあげる。
お前のような者にはわからんだろうが、俺たちには、この世界は生きづらい。ただ生きているというだけで苦しめられてきた。
この世界は弱くては生きていけない。強くなければ、自らの欲しいものも手に入れられない。
俺にはそれが我慢ならない。そんな下らない世界は、俺が「力」で握りつぶしてやる!
それがこの世界の理だというのなら、何も文句はないだろう!
そうか。悪いが、俺はお前たちに同情はしない。自分が奪われたからといって、他人の物を奪う……。
品のない考え方だ。弱い者の考えそうなことだ。
俺は魔王だ。生まれからしてものが違う。強さの意味を誰よりも知っている……。
教えてやろう、それがどういうものかを!

ベリカントは自分が一瞬たじろいだことに気づく。足が前に出なかった。
それでも再び、わが身の中の怒りに火をつけ、力強く歩を進めた。
圧倒的な優位にあるはずの自分が、思いのまま殴るだけの自分が、支配されている。
それだけは断じて認めたくなかった。

お前の全てを奪い! その減らず口を二度ときけなくしてやろう!
減らず口か。俺にもうつっていたようだな……。
うっすらと、だが、嬉しそうに、アルドベリクは笑った。



story10-2


ヤラは手に持った果実を見つめて、ぬらついた笑顔を浮かべていた。
これから起こることが楽しみでならないというように。
彼女の思惑通りなら、それはアルドベリクに与えるべき果実であった。

キミ、ひとりでにやにや笑ってたら、親御さんが心配するで。
キンモーやで。
大丈夫だ。親はもういない。

そういえば、出発前にアルドベリクと何を話してたんや?
ルシエラのことだ。
果実の表面に歪んだ自分が映っていた。

 ***

アルドベリクは質問の意図を確かめるように、呟いた。質問者に向けてではなく、自分に向けてである。
「俺にとってルシエラとは何か、か。」
肘掛けに肘をつけ、その手を頬に当てた。少しの間、真剣に考えようとしたが、すぐに馬鹿らしくなってやめた。
「ただの腐れ緑だ。あいつは俺にイタズラしかしない。俺を困らせることしかしない。
何もかも、ただ面白そうたというだけで、頭を突っ込みたがる。
横暴だし、無茶苦茶だ。いつも厄介事しか持ってこない。基本的には、最悪な居候だ。」
思い出したように、付け加える。
「だが、あいつのおかげでリザやリュディに出会えたな。
花がよく飾られるようになった。妙な花が多いが。」
玉座の周りに、飾られた魔界の花々に指をむける。
噛みつこうと牙を剥くオオカミ草の頭を指で叩いてやると、反省したように花房がうなだれた。
「それと、やたらムールスと仲が良いな。いや、アイツは誰とても仲良くなるな。」
ふと、自分が言ったことを振り返り、やれやれと頭を振った。
「訳のわからない奴だ。何を考えているのかも、いまだによくわからない。
ただ……ひとつだけわかるのは、あいつは他人を大事にする。自分よりもだ。それは、とても危ういことだと思う。
そうだな……あいつは俺を騙して面白がることも多い。……だが。
だが、あいつは俺を裏切ったことがない。」

 ***



君たちがアルドベリクの元へ戻り、目にしたのは戦いと呼べるものではなかった。

ぬん!
くぅ……。
ベリカントが何度もアルドベリクを殴りつけるだけの光景である。

そんな……。
へえ……。
悲嘆するリザの隣で、クィントゥスが目を丸くしていた。
クィントゥス、何か面白いのよ。
よく見ろよ。
アルドベリクの血が地面を濡らしていた。彼の立つその場所だけが、赤く染まっていた。
一歩も退いてねえんだ。


一方的に攻めているはずのベリカントは焦り始めていた。
はあ……はあ……。
それでも、ベリカントを攻めたてるものがあった。
全ての条件がベリカントの優位を裏付けている。
アルドベリクの眼だった。その眼が、ベリカントを苛む。
その眼に、恐怖はなく、怒りもなく、蔑みもない。あるのは憐みだけだった。

何が出来る! この状態で何が出来るッ! なぜこの状態で、貴様は俺をそんな目で見るッ!
アルドベリクは沈黙したまま、ベリカントを見つめる。
勝てる方法など、無いくせに!
ああ。勝てる方法などない。だがな……。
あいつは俺を裏切ったことがないんだ……。

鉄を打つような激しい音が響いた。
なんにゃ?
君も周囲を確認し、音の出所を探るが、それらしいものは何もなかった。
しかし、ドスン! ドスン! と音はやまない。何度目かの音がして、君は理解する。
音はベリカントから聞こえていた。正確にいえば、ベリカントの中からだった。


おっ? おっ? おお? おおおっ!
音がする度に、ベリカントは恐れの声をあげた。
分厚い艇の胸部が盛り上がる。もう限界まで伸びた鉄に止めの一撃が加えられる。
破裂音と共に、ベリカントの舞から細い腕が飛び出してきた。

何が起きてる?
単純な話や。その変な実イ食べんでもいいようになったんや。

細い腕は周囲を探るように、くるくるとたおやかに動いた。
そこに何もないとわかったのか、ゆっくりと鎧の中に戻っていった。
おおお……! お? お?
すぐにベリカントの開いた胸に内側から指がかけられる。両手の指が胸の穴を大きく引き裂く

暗闇から何かの顔が出てきた。


『ただいま、アルさん。』

これほど不気味な「ただいま」は見たことがない。
よろめきながら、アルドベリクは彼女に手を差し伸べる。白い手がそれに応じ、重なりあう。
『ふふふ。』
ぬああああああ!
アルドベリクに手を引かれ、ベリカントの中からずるりと異形のルシエラが出て来る。
砂を払うように、白い羽が大きく広げられる。まるで蜻から抜け出た蝶のようだった。
アルドベリクの側へ帰ると、ルシエラは異形の殼を脱ぎ捨てた。
ただいま、帰りました。


目を丸くして驚くヤラにヴェレフキナがこの光景を説明してやる。嫌味たっぷりにである。
冗談みたいな話やけど、ボクらが必死に探してた免疫を持った個体が一番近くにおったわけなんやね。
誰かさんが勝手に本人にバラしてくれたから、話がええ感じに転がったわ。
おおきに。
ジェネティスの因子をルシエラは自分の物にして、自在に操れるようになっている。
そして、過去の自分の記憶を蘇らせるだけじゃない。過去の自分の姿にも変身できるようになった。
ゴイスーやで。


慌てて、鎧を繋ぎ合わせ、砂をかき集めるベリカントを影が覆う。
またた、まだだぞ。まだ負けではない……!
ベリカントは恐る恐る見上げる。


簡単に終われると思うなよ、ベリカント。


story10-3


ぬあああああ!

その身からあふれ出す砂を刃とし、ベリカントはアルドベリクに襲いかかる。
全体重をかけ、押しつぶすように両断する意思が向かってくる。まともに受ければどんな剣もひとたまりもない。 


突撃してくる相手を前にしてアルドベリクは、手にした剣をくるりと回し、大きな弧を描きながら、頭の脇に持ち上げた。
切っ先を相手に向けた状態から、さらに剣を持ち上げ、相手の突撃に合わせて、振り下ろす。
剣の軌道は、ベリカントの斧と交わることなく、直線的な相手の動きを、上から斬り伏せた。
な、は……。
ベリカントの体が肩口から真っ二つに両断され、崩れ落ちる。
鎧の中に誰もいないのが、これほど斬りやすいとは思わなかったな。
砂であるその体は、再びひとつに戻るうと試みる。
そうはいかない!
リザの胸元の石が光り、風が巻き起こる。砂は風に振られ、主の元に戻る前に、散ってゆく。

くッ、くう……。
アルドベリクが両断されたベリカントの体を片手で持ち上げる。
ベリカント、忠告しておく。
以後、俺にたてつけば、有無を言わさず殺す。俺を怒らせれば殺す。俺に口答えしても殺す。
弱い者を虐げれば殺す。無駄な殺生をすれば殺す。他人の物を略奪すれば殺す。俺の仲間に手を出せば殺す。
俺の大事なものを傷つけようとすれば殺す。
いいか覚えておけ。俺の名はアルドベリクだ。この魔界で最も恐ろしい魔王だ。
無慈悲で、情けも容赦もなく、気に喰わない者を殺す。
そこまで言って、ベリカントの体を投げ捨てる。重たい音をたてて、残骸と変わりない鎧が転がり、砂が飛び散る。

二度と俺に関わるな。人質でも取らなけば、俺に勝つことは出来ない。お前もそれをわかっているはずだ。
……。

あの眼だった。憐れむような眼がベリカントに向けられていた。
その中に映り込む自分の姿は先ほどまでとは、打って変わり、哀れに地べたに這いつくばる虫のようだった。
背中を向けて、去ってゆくその姿は、いつか見た光景の写し鏡のようだった。生まれてから、常に見てきた光景である。

得たはずの力が、得たはずの尊厳が、砂上の楼閣の如く崩れてゆく。
その有り様に、ベリカントは耐えきれなかった。

ううわあああああああ……!
去りゆく背中を追うように、もがれた手足をばたつかせ、飛びかかった。

だが、あと一歩のところで、空中で魔力の光槍がベリカントを貫いた。
勢いは殺され、羽虫のごとく、弱々しく地面に落ちた。

事なきを得たのを確認し君はカードを懐にしまう。ふと、アルドベリクと目が合った。
彼が君に向けて不敵な笑顔を送ったように見えた。
その笑顔が君の背筋を貫く。初めて彼の魔王らしい所を見た気がした。


のたうつベリカントをアルドベリクが見下ろす。
ああああ……?
俺に逆らうなと言ったはずだ。望み通り、殺してやろう。
ベリカントの周囲に赤い炎が走る。炎は魔法陣を描く。
我は欲望する……暗黒の意思を……我は欲望する……尊大な炎を! ラスト・フォー・ダークマター!

猛烈な業火が天を焼く柱の如く燃え上がる。
ギュウウウウウウーー!!
砂の焼ける匂いと鉄の焼ける匂いがあたりに充満する。
炎が爆ぜるように終息し、そこに残っていたのは赤黒い塊だった。
塊は徐々に黒味と艶を帯びてゆく。まるで硝子細工である。
どこか人がもだえ苦しむ姿のようであった。
終わりだ。


一部始終を見て、ヤラはつまらなそうに鼻で笑った。
まあ、また機会があるだろう。
物言わぬ硝子の塊となったベリカントでは、もはや事は為せないことは理解していた。
だが、まだ機会はあると思っていた。


ありませんよ。
いつの間にか傍らにルシエラがいた。
あ? 何を言っている? そんなものはアタシが決める。
違いますよ。私が決めるんです。
ああ?
ヤラさん? あなた、昔はそんな名前じゃなかったですよね?
……ッ!!
ヤラは心の根が鷲掴まれた思いだった。
かつて魔王ドゥ・ゲイザに敗れた王の娘がいました。復讐を誓った娘は神界を巡り、ある者と出会いました。
その娘はその者と契約し、本当の名を呼ばれれば死ぬことと引き換えに、ある能力を得ました。
不死の体と、絶望を糧にし力を与えるという能力です。王を作る能力とでもいうものです。
……もう、大昔のことだから誰も覚えていないでしょうねえ。
あ……あ……。
青ざめた顔がルシエラの目の前を揺らめく。
私がどうしてそんな話を知っているか。考えたらわかりますよね? ヤ ラ さ ん。
それとも別の名で呼びましょうか?

さっきから呼吸が出来なかった。吸い込む空気が喉から奥に流れないのだ。ヤラの額から汗が粒のように落ちる。
あ、そこどいてもらえますか? 通りたいんで。
ルシエラの甘い息がヤラの耳をなめる。

じゃないと、踏みつぶしちゃいますよ。
ヤラは後ずさるように、ルシエラに道を譲る。白い羽が眼前を通り過ぎていく。恐ろしいほど、白い羽が。

あ、そうそう。わかっていると思いますけど、このことは……。
立ち止まりヤラを見返す。その顔は笑っていた。
内緒ですよ。



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