双翼のロストエデン3 Story2

 
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白猫ストーリー
黒猫ストーリー

2017/00/00


主な登場人物






Story4 嗤う女【中級】


そういえば、あなたはムールスさんとは初対面でしたっけ?
フェスティバルの時に少しだけ会ったはず、と君は答える。
ですが、あの時、ご挨拶させて頂きましたが、私もフェスティバルの警備など何かと忙しい状況でしたので……。
こうしてお会いするのは初めてかと。
なら、ムールスさんのお菓子も初めてですね。すごく美味しいんですよ。
いえいえ、簡単な趣味程度のものなんですよ。おっと。無駄話をしていると、お菓子たちが怒ってしまいますね。
と言いながら、ムールスは部屋を出ていった。
和やかな会話だった。平穏な時間のように。
以前魔界にやってきた時、小さかった子供たちもずいぶん成長していた。
魔法使いは、前に会った時と変わらないね。君も魔族と同じで寿命が長いのかい?
君はそんな事はない、と答える。
異界移動の際に、同じ時代にたどり着く保証はない。
オルハが言うように、少し未来の魔界に来たのだろう。
全然変わらないから、会った瞬間にわかったよ。
こっちは誰かわからなかったけどね、と君は答え、アルドベリクの方をちらりと見る。
彼はただ黙って、君たちの会話に耳を傾けていた。
それは会話の外にいるのではなく、中にいる行為だった。
たぶん彼はいつもこんな則じで、佇んでいるのだろう。
そして今も努めて、普段通りに振る舞っている。

心が踊るような、バターの匂いを引き連れて、ムールスがサロンに戻ってくる。
さあ、どうぞ。
目の前に置かれた焼き菓子は、赤いものや濃い緑色のものなどたくさんあった。
それにひと目で、ショコラ風味だとわかる色のものがある。
だが、君は素朴な卵色の焼き菓子を手に取った。指先にぬくもりを感じる。
それはなかなか骨の折れることだ。焼き菓子はクエス=アリアスにもあるが、
こうして焼き立てを味わうには、焼き立てが店に並んだ時を狙うしかない。
一口かじると、バターの風味と甘味が舌の上で広がる。その波は全身に駆け巡る。
いい匂いにゃ~。
それは人の抗えぬ生理反応として、幸福を感じよ、という強烈な信号でもある。
魔界という場所だけに、これが禁じられた悦びである可能性がまったくないわけではない、と思った。
だが、君はこの幸せに浴することにした。抵抗することは不可能だった。
相変わらず、ムールスさんのお菓子は絶品ですね。どうして魔族なんかやっているんですか、本当に。
ルシエラ様。魔族とお菓子作りは相反することではありませんよ。お菓子というのは分かりやすいものです。
魔族の秘薬を作る時と同じように、正確な分量と正確な時間を守り、その時々の気温や湿気を鑑みた反応を見るのです。
そうしてあげると、秘薬もお菓子もとても素直になるのですよ。
秘薬はより凶悪に、お菓子はより美味しく。
君は、秘薬は遠慮するけど、こんなお菓子なら毎日でも食べたい、とムールスに賛辞を送る。
リザ様も私のお菓子を、母の味だと言って下さいました。ほほほ、私は男なのに……。
瞬間、空気がひりついた。そんな気がしただけかもしれないが、そう思う余地はあった。
ムールスもあからさまに顔色を変え、失敗を自覚している。
今この時間は、ただ吊り上げられた時間である。吊り上げられ、何も出来ないまま受けるべき処刑を待つ時間。
そんな時間であった。

間の悪い使用人がやってきて、ムールスに内緒話を始める。
静まった空間の中で、唇が動く音が聞こえる。
エストラ様がいらっしゃいました。
通せ。
とだけアルドベリクは答えた。その口調は友人の来訪を喜ぶようではなかった。

用件はわかっているな、アルドベリク。
そのつもりだ。
話が早い。お前を王侯会議から除名する。現在の爵位も没収だ。
ど、どういうこと?
君もこういう時、いつも協力してくれたエストラ――王侯会議からそんな言葉を聞くとは思わなかった。
その理由を問いただす。
負けたにもかかわらず、殺されもせず、簒奪もされぬなど、魔王にとって恥以外の何物でもない。
よって王侯会議としては、アルドベリクの爵位を没収する。当然、そんな者は参加する資格もない。
この件に関しては、魔界や王侯会議の問題ではない。
アルドベリク個人の問題だ。我々が手を貸すことはない。
他の貴族たちも同様だ。……自分の恥は自分でそそげ。それが魔界の掟だ。
簡潔に、決然と言い渡され、君は何も言えなかった。
もちろんアルドベリク本人も不平を漏らすことも、驚くこともない。それくらい当然のことだったのだろう。
不思議なのは、ルシエラも平然としていたことだった。
わかった。わざわざ、すまない。
構わん。

ふうと一息つくと、エストラはルシエラの方を見る。
ルシエラ、これはただの友人としての雑談だが、どうもベリカントの一党に並々ならぬ力を与えた奴がいるようだ。
そいつはある時ベリカントや他の者に接触し、どういう方法かわからないが、力を与えた。名はヤラというらしい。
なるほど。で、そのヤラさんは今どこにいるんですか?
ある場所に幽閉されている。どうやらベリカントたちに裏切られたようだ。場合によっては協力してくれるかもしれんな。
さて、私は帰らせてもらう。
雑談(・・)が終わると、エストラは席を立った。
エストラさん、わざわざありがとうございました。あ、そうだ。ひとつだけ伝言をお願いします。
カナメさんとイーディスさんに、リザのことは心配いりません。必ずアルさんが救います。と。
やれやれ、人使いが荒いな。ふたりには伝えておく。
お願いします。
ふと思い出したようにエストラが言った。
そうだ。ひとつ、補足しておこう。
と明らかに君に向けた言葉だった。
我々、魔族が手を貸すのは、禁じられているが、人間が手を貸す分には、何も問題はないぞ。


story4-2



そこは不気味なところだった。
枯れたのか、それとも腐ったのか。
あらぬ方向へと幹を曲げた木々の達なりが、不穏な小径を作っていた。

ここにヤラがいるにゃ?
そうだ。
囚われたリザを解放するため、ベリカントを打倒するため。
幽閉というからには、何か堅固な警備でも敷かれているのかと思えば、そうではなかった。
きみにとってはアルドベリクたちを助けるためにここに来ていた。
誰もいなかった。ただ寂しいだけの場所である。

一体、何者なんだろうね。
アルドベリクに同行しているのは君とウィズを除けばリュディだけだった。
よくわからないところに大人数で向かうことに意味はない。
リュディにしても、最初はアルドベリクに同行を拒否されたほどである。
俺もヤラなどという名前の魔族は聞いたこともない。
でも、会うしかないね。リザを助けるために。わからない。
ああ。
それでも、アルドベリクはリュディの同行を許した。
というか、ルシエラやリュディに言い負かされたという方が正確ではある。



あそこか。
しばらく進むと、巨木があった。
大きいと言うだけではない。やはりこの木も骨が腐った老人のように、歪に曲がりくねっていた。
その枝には何本もロープが垂れ下がっていた。
誰かが吊り下げられた痕跡も、今まさに吊り下げられている誰かだった物もある。
さすがに気味が悪いにゃ。
君もウィズの意見を認める。見ていて気持ちのいい風景ではない。それは間違いなかった。
あれ……。
とリュディが指差した先には、まだ『誰か』のまま枝先から吊るされている人物がいた。
だが、形が残っているだけという可能性も高い。
殺されたか。
近づくと、項垂れた首がぐるりと君たちの方へ向いた。
にゃにゃあー!
驚く君とウィズを気にも留めず、誰かは気怠げに呟いた。


「なんだ。あの変態野郎じゃないのか。」

ヤラか? ヤラ・アンテゴニアか?
問われて、女の顔に疑問符が張り付いた。何を言っているのかよくわからない。そんなふうだった。
ああ、アタシのことか。ヤラでもヤーラでもジャーラでもなんでもいいよ。好きなように呼べばいい。
こちらもお前の名前など興味はない。お前はベリカントを知っているか?
知っているも何もアイツはアタシが作った。
そうか、それなら俺が探しているのも、お前で合っているようだ。……俺に協力しろ。
ベリカントに俺の身内が捕らわれた。俺に協力するならお前を解放してやろう。
うん……悪くない。とは言えベリカントに恨みはないからな。
ベリカントたちはあなたを裏切ったんだろ? どうして恨みがないんだ?
はあ? 裏切りは、魔界の流儀じゃないのか? まあ、オマエは人間だから、言ってもわからないだろうけどな。
俺も魔界で育った。そんなことは知っている。でも復讐や報復も魔界の流儀だ。
あは。そう言えばそうだったな。でもアタシは今の状況になんの文句もねえ。
下んねえこと言ってんじゃねえぞ、クソが。
リュディのブーツに力が入る。腐葉土と沼のぬかるみを踏みつける音が聞こえたようだった。
憤るリュディを制するように、アルドベリクが前に出た。


言葉が悪かったようだ。俺に従え。従わなければお前に用などない。この場で殺す。
へへ。
と女は小さく笑った。
その助けたい身内は、そこの小僧と同じで人間なのか?
そうだ。
人間を救うために、アタシを殺す。オマエ、自分の言ってることわかってんのか? 矛盾だらけだよ。
悪いか?
全然悪かない。力ずくで欲しい物を手に入れるのが魔族だ。不足なんて何もない。手伝ってやるよ。
ただし、タダじゃない。ベリカントとその仲間の秘密ひとつにつき、オマエの話を聞かせてくれ。
アタシの質問に答えるだけでいい。いやなら、放っておいてくれ。
殺そうと思っても無駄だ。アタシは死なない体なんだ。
いいだろう。
決まりだ。

足音が聞こえた。ぬかるみを踏みつける水音だった。

ああ、ついでにあの変態野郎を殺してくれ。アイツ、アタシが死なないからって、好き勝手しやがるんだ。

「今日は何をしようかねえぇ? 斬るか、叩くか、剥がすか、ひねるか、ちぎるか。色々あるようぅ。
ん? お前らなんだ? ここで何している? そいつは俺のおもちゃだぞうぅ?」

アルドベリクがゆっくりと振り返る。
悪いが、こいつは俺がもらう。
口で言ってわかる頭は持ってなさそうだ。……殺してやろう。



story4-3


戦いが終わった場所で、アルドベリクはただじっとしていた。
君はアルドベリクの戦い方から、彼が苛立っているような気がした。

おろしてやってくれ。
君は木の上まで登りヤラをぶら下げている縄を解いた。
リザを奪われたこともある。
分か悪かったとはいえ敗北の味は苦いものだろう。
一時的とはいえ、地位も奪われた。考えれば、誰でも焦るような状況だ。
この状況をなんとかしなければ、と君は改めて思った。


ありがとう。助かったよ。
礼はいらん。お前がすべきことをしろ。
ヤラはぬらついた笑顔を浮かべる。返事の代わりにしたつもりなのだろう、と君は思った。
帰り道、どうやってベリカントたちに力を与えたのか、とヤラに尋ねた。
それがアタシの能力さ。ソイツのことをよく知り、アタシがソイツに力の果実を与えるんだ。
それを食べると、ソイツの弱さが克服される。強くなるってことさ。
なぜそんなことをしているのか? と君は続ける。するとヤラは君を見返して笑った。
君を小馬鹿にするような笑いである。
なんにでも理由を求めんなよ。
今からお前が大事そうにしている猫を殺す。理由はない。
にゃ?
そんなことはさせない、と思わず君は立ち止まり、ヤラに殺気を向けてしまう。
彼女も君の殺気を楽しむように、ゆっくりと君に向き直る。下から覗くように、君に顔を近づける。
冗談を本気にするな。
でも猫を殺すことに、理由が必要か?
理由なんかなくたって、殺す奴は殺すし、殺さない奴は殺さない。……本質ってヤツだ。
言い捨て、ヤラは君の前から立ち去った。

ケンカ?
君とヤラの不穏な気配を察して、リュディが声をかけてきた。
だが、どことなく心に露がかかった気がした。
それは黒く濃い露であった。君は取り繕い、それを否定した。


 ***


魔界の意思は王侯会議という魔界の諸侯が集まる場で決定されていた。
アルドベリクの処分については、貴族たちも納得しただろう。
本来なら、厳罰を叫ばれてもおかしくない状況です。まだ再起の余地を残すことが出来ただけでも充分でしょう。
妙な話だが、これが魔王アルドベリクの人望というものかもしれんな。
セラフィム卿。ですが問題はまだあります。ベリカントです。彼をどうしますか?
放って置くわけにもいかない。奴とそのー味は貴族の荘園を不法に占拠しているようだ。
貴族たちも我々に問題解決を要望しています。
馬鹿馬鹿しい話だ。アルドベリクの手助けは許さんくせに、ベリカントは退治してくれか。
魔族ならば自分の力でどうにかすればいい。
エストラ、そう怒るな。我々の統治の結果、それほど骨抜きに出来たという意味では喜んでいい話だ。
話の流れが落ち着いたところで、カナメが切り出す。
そこで私から提案がございます。ベリカントのー味を、ゴドー卿いえ、アルドベリクに討たせるという提案です。
話してくれ。
ベリカントの一味が占拠している場所は、それぞれ別の場所にあります。陽動を行いそこへ天界の軍に攻め入らせるのです。
その混乱に乗じて、アルドベリクに奴らひとりひとりを各個撃破させるのです。
当然我々が糸を引いていることは察知されないように致します。
だが、アルドベリクがそのことに気づくだろうか。何か一報を入れた方がいいかもしれない。
我々が支援していることが気づかれれば、貴族たちに何を言われるかわかりません。
彼の立場が余計悪くなる可能性もあります。接触は避けた方がいいと思います。
もし、アルドベリクが我々の行動の意味に気づかないのなら、彼はそこまでの人物だったということでしょう。
……カナメの言うとおりだ。カナメ、行動に移してくれ。
つきまして、ドラク卿に力を貸して頂きたいことがございます。詳しくは後で。
かしこまりました。
カナメの言葉にクルスはひとつ頷く。すでに大方の計画は知っているかのようだった。



おい。
蚊帳の外から聞こえてきたのは、クィントゥスの声である。
時折、王侯会議に参加する彼だったが、実のある発言をすることは極稀だった。
俺はそんなまどろつこしいことはやだぜ。もっとこう血が沸いて肉が踊るような方法はないのかよ。
それに直接助太刀してやる方が、アルドベリクたちも喜ぶに決まってるだろ。
つーかさ、そもそも、そんな貴族たちの建前なんか気にする必要ねえだろ。うるさい奴はぶっ飛ばせばいいんだ。
俺は行くぜ。止めたって行くぜ!
王侯会議が直接アルドベリクの支援を行うことは、貴族たちが許さないという議論の舌の根も乾かぬうちだった。
にもかかわらず、真逆のことを言い出す彼を、一同が揃って見た。
議長を務めるイザークが椅子に深く座り直す。
なんだよ。止めようってのかよ。
いいんじゃないか。
え?
君は別にいいんじゃないですか?
なんだよ、その軽さ。貴族たちになんか言われんじゃねえのかよ。
貴族もお前のやることだから、特に文句は言わないと思うぞ。
え? じゃあ、レノックスもいいのか?
いや、レノックスはだめだ。
なんでだよ!
レノックスはだめだろ。
だから、なんでだよ!
日頃の行い。
「あ。そう……。


会議が終わった部屋にカナメと彼女の護衛であるイーディスだけがいた。
「意外ね。あなたがこの機会を棒に振るなんて。
「魔界の双璧のひとりを崩すことが出来る機会だった? そうかもしれないわね。でも、リザは友だちよ。あなたもそうでしょ?
寡黙な少女はこくりとひとつ頷く。
「それに……わざわざ私たちに伝言を寄越すんだから、彼女も人が悪いわ。
「見透かされていたわね。」
「勘違いしないで、私はまだ自分のやりたいことすら定まってないわ。さ、準備に取り掛かりましょう。」



Story5 魂送者


ヴェレフキナ シミラル

ヴェレフキナ。匂いが消えた。
せやね。
軽く鼻を鴫らし、ヴェレフキナはシミラルに同意した同時におかしい、と思った。
生と死が背中合わせの魔界である。死はそこらじゅうに転かっているだろう。
誰かが魂を消したんかもな。
だが、死と魂の消失は同じことではない。肉体が滅びれば、魂は死界へ向かう。
消えることはない。そして、それを行えるのは死界の住人だけである。
どうする?
ま、原因を調べてみるのもいいかもな。
そう言って、ヴェレフキナがシミラルの方を見る。白い顔の少女はシュビっと右手を顔の高さにあげてみせた。
ほな。
……キミも行くんやで。
ほんま堪忍やで。


ふたりが街の中を進んでいくと、ふと妙なことに気づいた。
ここは生きている者が誰もいないのか? ヴェレフキナ、話と違う。
せやね。でもここに来るまでは、魂の匂いはたくさんあったはずや。
私たちがここに来るまでの間にいなくなったということか?
そうかもしれへんな。
それがどれほど異常なことか。言うまでもないことだった。街ひとつ分の人々がいなくなる。
ほんのわずかな時間で。
しかも争った形跡や死骸がほとんどない。まるで人々が夜の闇に飲み込まれてしまったかのようだった。
ヴェレフキナは路地の闇を見つめる。

ぺちゃぺちゃ。
音が間こえた。何かを咀嚼する音だろうか。
くちゃくちゃ。
にしては大きい。
ぺちゃくちゃ。ぺちゃ。ぺちゃ。くっちゃくっちゃくっちゃ……。
執拗に続くその音の主が、闇の向こうからぬらりと現れる。


「くっちゃ……くっちゃ。おや? まだいたのか?」
ヴェレフキナ、あいつ……。
もぐもぐと上下する口の端から見えたのは、魂そのものであった。
魂、食べてるな。
死喰い以外がそんなことをどうしてできる。
魂を食べるのはボクにもできる。死喰いは、食べた魂を新しい形にするんや。でもあいつは食べてるだけや。
どうする?
その『どうする?』は、目の前の存在を消すか消さないかという問いかけであった。
彼らの属する死界は、死者の魂を管理する場所である。
そして、生と死を循環させる。体を失った魂を新たな状態にして、新たな体に与える。
闇から現れた怪物は、彼らが管理する環から逸脱していた。
おほ! お前たち、他のヤツと違う匂いがする~。
ヴェレフキナは、怪物を見つめながら、首を横に振る。
……ほっとこか。わざわざ魔界に来た理由はあいつじゃない。
いいのか?
ええよ。さて、この街にも用は無くなったし、帰ろか。
お前たち、へへへ……こっちに来いよ。匂いを、まず匂いを嗅がせてくれよ。
おい、デブ。汚ない声で話しかけるな。耳が腐る。
で、デブ! あ、俺はデブじゃねえ。こ、骨格が、デ、デカイだけだ。
うろたえるなよ。あごの肉がぶるぶるしてるぞ。
なんだと、あ、頭に来た。お前から食べてやる。

おい。ふっくらした人。
あ? 俺?
キミ、なんて、この街の入らを食べたんや。
そりゃあ、お腹が減ると、イライラするからに決まってんだろ。イライラはよくねえ。
そうか。
言い終わるなり、ヴェレフキナはきびすを返した。
お、おい。どこ行く気だ。
帰るんや。
お、お前たちは、俺が食べるんだ!
怪物がふたりの上に倒れ込む。押しつぶそうという魂胆である。
巨大な影が、ずどおんと路地に落ちる。ところが、怪物は意外そうな表情をして、首を傾げる。
見ると、ヴェレフキナたちはさらに先を歩いていた。―瞬でそこまで移動したのだろうか?
間違いなく、直前までは自分の真下にいたはずだった。
あんまり調子に乗ったらアカンで。
ヴェレフキナは警告のようにそう言った。
デブ。
シミラルの言葉は、ただの暴言だった。

そして、ふたりはしばらく歩いた後、突然消えた。


story5-2


ムールス。誰も通すな。
畏まりました。
君はアルドベリクがそう言って、奥へ下がるのを見た。
にゃ? 疲れているのかにゃ?……無理もないにゃ。
君は、ウィズの言葉に小さく頷き、アルドベリクの背中を見送った。

 ***

うめき声がこだましていた。
低く。重々しく。壁にこびりつくように。

アルドベリクが向かったのは地下牢だった。一歩進むごとに、牢の中が目の端に映る。
そのほとんどが衰弱し、正体を失っている。かろうじて生きてることを証明するのが、言葉にならない声だった。

アルドベリクはある房の前で立ち止まる。
その中にいるのも、うめき声をあげるだけの、弱々しい存在である。

今朝見てみると、その状態や。
いつの間にか、アルドベリクの背後にヴェレフキナとシミラルが現れる。
アルドベリクは驚くことなく答える。
そうか。……他の者と同じか。
記憶の混乱、それから記憶と思考能力の喪失。進行の速度に個人差はあるけど、全て同じ過程やね。
ああ、あと、残念なお知らせがひとつ。新しいサンプルは手に入らんかったわ。
なぜだ。
変な魔族に喰われたみたいやね。しかも街ごと。
変な魔族?
すごいデブだ。
アレ、キミの敵ちゃうんか?
アルドベリクは鋭い視線をヴェレフキナに送る。
そんなことの調査を頼んだ覚えはないぞ。
ヴェレフキナは自分の耳をつまんでみせる。
単に耳に入って来ただけや。大丈夫。この世界の争いごとには関与せえへんよ。それがボクらのモットーなんや。
モットーやで。
ああ、お前たちはこの病気を解明してくれればいい。
それ以外やるつもりはないよ。でも、ちょっとサンプルの情報が足らんわ。
キミの仲間に言うて情報集めることは可能か?
……無理だな。無暗に話を大きくしたくない。
そんなこと言ってる場合じゃない。私とヴェレフキナは病気を治したい。だがお前はそうじゃない……。
シミラル。お口チャックや。
ヴェレフキナが釘を刺すと、シミラルはムッとした表情をしてみせた。
アルドベリク。サンプルが必要や。至急情報を集めてくれ。方法は問わん。
この病気は、魂を変質させる因子が、何かのきっかけで爆発的に増殖する。
そのきっかけやメカニズムを解明するためには多くのサンブルが必要や。
もしかしたら、その中には免疫のようなものを持っている者もおるかもしれへん。……ともかく数が必要や。
わかった。情報は集める。
あと、いつ発症するかはまったくわからん。
アルドベリクは黙っていた。
誰だ?
シミラルが廊下の向こうに誰かが立っていることに気づき、声を上げる。
アルドベリクが見返す。そこに立っていたのは。


『一緒に宿命をやり直しましょうよ? アルドベリク。』
「……ッ!」

キミ、何モンや?
ヤラ・アンテゴニア。とりあえずそんな感じだ。
アルドベリクは頭を左右に何度か振って、先ほど見えたものと今見えるものの差を埋める。
それが済むとアルドベリクはすぐさまヤラを睨みつけた。
貴様、何故ここにいる。
道に迷ったんだ。バカでかい城だからな。
ヤラはまるで悪びれずに答える。半笑いですらあった。
まあ、その……病気ってのは怖いな。記憶が喪失しちまうのか? いや、そりゃ怖い。ところで何か原因でそんな病気が広まった?
その舌を引き抜いてやろうか?
おい、落ち着け。そんなことをしたら、アタシからベリカントたちの弱点を聞けないぞ。
今聞いた話を、お前のひとつ目の話にしておいてやるよ。
ベリカントたちの話をひとつしてやる。それでいいじゃないか。ん?
……次やれば有無を言わさず殺す。覚えておけ。
ヤラの顔も見ず、アルドベリクはその横を通り過ぎていく。
はいはい。あいにくアタシは死ねないんだよ。
アルドベリクが通り過ぎると、ヤラは再び視線を前に向ける。
目の前にいる少年は珍しいものを見るかのように、彼女を見ていた。
なんやキミ、魂めっちゃ冷え切ってるな。
そりゃそうだ。アタシは根っこから冷えてる、本物の魔族だ。アルドベリクのような紛い物とー緒にするな。
キミもぱちもんや。嘘はアカンよ。
とだけ言うと、ヴェレフキナとシミラルは忽然と消えた。

フン……。



Story6 クィントゥス、【上級】


Uこれが今回、天界に送る手紙です。よろしくお願いします。
うん。いつものように内容は確認させてもらうよ。
受け取った封筒をクルスはジャケットのポケットにしまい込む。
本来ならば、内容を確認され、問題ないと判断された上で、天界に送られる。だがここ最近の手紙はそうではなかった。
カナメ君。これが今回の手紙だよ。
受け取ったカナメはナイフで封を切り、中身を検める。そこに書いていることは、それほど重要ではない。
あくまで、新たな文輩を作成する土台でしかない。
何度かに分けて、魔界の不穏な動きを天界に報告したことで、天界もこの手紙の到着を待ちわびているはずです。
うん。細工は流々と言ったところだね。
ではそろそろ第一弾と行きましょうか。場所はメルフェゴール領ワクワク魔界フェスティバル跡地。


魔界からの天界への攻撃の情報を手に入れた天界の軍は、両異界の最前線まで、兵を進めていた。

魔界ノ動キハ?
動キハナイ。奇妙ナ着グルミヲ着タ奴ラガ占拠シテイルヨウダ。
所詮ハ信憑性ノ乏シイ情報ダッタカ。
オイ、何処カノ部隊が攻撃ヲ開始シタヨウダゾ!
ナンダッテー!


かつて第1回ワクワク龍界フェスティバルが開催されたメルフェゴール領の一隅。
現在では、維て置かれ廃墟となっていた。
ワクワク魔界フェスティバル自体は素鴫らしい成果を上げていた。
だがその後の土地利用に関しては、それぞれの領主の裁量に任される為、放置され廃墟となってしまうことも多かった。

ドミー、ドミー、ドミー・インス!
そして、ベリカントの仲間であるドミー・インスはそこを住処としていた。
「チチチー!
おやー? あの白い奴らはなんだー?
「親分、ありゃあ、天使でさあ。最近目の前をウロウロしていた天界の軍がついに攻めてきたんでさあ!
ドミーに逆らうのー? そーれーなーらー……。生皮剥がしてやっかー!


おそらく、天界の軍もドミーのー味もお互い手を出すことはないでしょう。
でも、ギブン兵を数体使い、天界側からの攻撃が行われたように見せかければ、どうなるか。
ドミーたちは暴走する。そういうことだね。
ええ。戦端が開かれてしまえば、それを終息させることほど難しいものはないです。


アルドベリクの元にも、ドミーと天界との争いの一報はすぐに届いた。
これは千載一遇のチャンスですねえ。
偶然かな? それにしては出来過ぎてる気がするけど。
君もリュディと同じ意見だった。どうして天界の軍がわざわざドミーを攻めたのか。
ラッキーだったということでいいんじゃないですか? 小難しく考えず、バーンといけばいいんですよ。
アルドベリクがちらりとルシエラを見て、納得がいったように小さく笑った。
どうも、そのラッキーは、返す借りが大きくなりそうだな。
それはいいんじゃないですか? ともかく今は敵のひとりを倒すチャンスです。ひねり潰しましよう。
そうだな、ムールス用意しろ。
畏まりました。
カツンと荒々しい靴音がひとつなった。
上階の窓に人影がある。
勢いよく飛び降りてきたその影は、君たちの目の前に降り立つ。影は見知った男の姿に変わっていた。
その喧嘩……俺が買ったぜ。
ムールス、出立の準備を進めてくれ。
おおおい! なんだその反応は! せっかく助太刀に来たんだぜ?
ありかたいが、これは俺たちの問題だ。お前の力は借りん。
待て待て。俺だってあのドミーって奴に借りがあるんだ。権利ならあるだろうが。
クィントゥス、俺もアルドベリクと同意見だよ。だから君に権利かあっても、代われないし、譲る気もない。
悪いが、これは誇りの問題だ。
ちッ……しゃーねえ。
クィントゥスが先ほどまでの威勢を殺し、腕組みをする。

血気盛んな彼でも、アルドベリクたちの気持ちを汲まないわけにはいかないのだろう。
男たちの話し合いが終わったと見るや、ルシエラが胸いっぱいに何やら衣類を抱えて、みんなの前に出る。
相談は終わりましたか? では、戦いに行く人はこれを着てください。
なんだこれは?
目の前に置かれたやたらホワホワした毛並みの服を見て、アルドベリクは怪厨な顔をした。
着ぐるみですよ。
なぜ着ぐるみが必要なんだ?
ドミーの仲間たちはみんな着ぐるみ姿らしいです。やっぱり潜入するには変装しないと。
それを聞いてアルドベリクはぼんやりと宙を見つめ、思案する。しばらくして、クィントゥスの方を見た。
クィントゥス、お前戦いたいんだろ。行っていいぞ。
マジかよ! やったぜ! 任せとけって!
チッ……。
あからさまに残念そうな顔をするな。
残りはどうしましょうか? リュディが着る?
あ……でも……。
リュディが指さした先には――。
がっつり着ぐるみを来た君がいる。
そういえば君はそういうの抵抗なかったにゃ。
そうかもしれない、と君はウィズに答える。


アルドベリク、一応、確認しておくけど。本当に俺たちが行っていいのか?
着こなした着ぐるみ姿でシュッシュッと拳を繰り出すクィントゥス。やる気満々である。
構わない。……悪いが、これは誇りの問題なんだ。



story6-2


チリチリと羽虫が焼ける音が耳に残る。
魔力を使ったものだろうか。青白い光の管が明滅し、それに引き寄せられる羽虫が、触れるたびに焼け死んだ。
無事、メルフェゴール領に忍び込んだまではよかった。
が、君とクィントゥスは広いワクワク魔界フェスティバル跡地で、ドミーを見つけることが出来ずにいた。

手あたり次第、ぶっ倒していくんじゃダメなのかよ?
ダメにゃ。そんなことして、ドミーに逃げられたらどうするにゃ。
また1匹の羽虫が光の管にぶつかって死んだ。つくづく悲しい習性だと君は思った。
羽虫の焼ける音をかき消す叫び声が、向こうから聞こえた。
いくぜ。
君は黙って頷いた。


朽ちかけた施設の影を伝うように、声のする方へ向かっていく。ようやくその出所に辿り着くと、


ヒィー……。
どうして泣いてるのー? ドミーはこんなに笑ってるのにー? どうして泣いてるのー?
ドミー・インスがいた。もう動けないであろう天使ににじり寄る。
ア、アシガー、アシガー。
ねえ、笑ってー? ドミーはねえ、泣いてる人見るとズキュンズキュンしてきて、ぶっ殺したくなっちゃうんだよー。
だからねー? 笑ってー? スウマアイルウウウー。スウマアイルウウウー……。
タ、タスヶテ……。
スウマアイルウウウー……。スウマアイルウウウー!

 ***

ドミー・インスはかつてメルフェゴール家の使用人だった。
ヤツはある時、主人の粗相を他愛もない気持ちで笑ってしまったんだ。それを見た主人は怒り狂った。
ヤツは顔の皮を剥がされ、ぬいぐるみのような出来損ないの皮膚を植え付けられた。
当然、いつでも笑っていられるように、その顔は不気味な笑顔だ。

「アンタの話面白かったよ。あんたにはこれをあげよう。あんたの心が生み出した果実だよ。」
「ドミーにくれるの?」
「ああ。それを食べれば、アンタは自分の弱さを克服できる。」

アタシはそうやってあいつを強くしてやった。
アタシが心の弱さを糧に造り出す果実は、弱さを強さに変える。

 ***

ズキュンズキュンが止まらないよおぉ。死んじゃったのに止まらないよぉ。ズキュンズキュン……。
もはや物言わぬ骸となり果てた天使の羽を千切っては口に含みながら、ドミーは悶えている。
今がチャンスにゃ、一気に仕留めるにゃ。
ヤラに教えられたドミー・インス最大の能力は、彼の笑顔を見ると、彼に対する攻撃を行えなくなるというものだった。
それゆえに、君たちはドミー・インスを不意打ちで倒さなければいけなかった。

君はカードに魔力を送る。カードが淡い光を発した。
悟られぬよう、君は静かに予備動作を取る。あとは魔法を解き放つだけ……。
思った瞬間、君の持つカードに何かが当たる。羽虫だった。
衝撃でカードを落とす。それだけではない。悟られるには充分な物音をたててしまった。


ズキュッ!?

目が合った。
君たち、どちらさまー? ドミーの仲間ー?
そうだよ。ボクはまかたんだよ。紙(神)を平らげるのなんてわけないよ。
君も、同じくクドラくんだゼイ。ドラク領はいいところだゼイ。と答える。
見ない顔だなー? ま、いいや。じゃ、ドミーは天使をやっつけるのに忙しいからいくねー。
去ろうとするドミー。背中がこちらに向く瞬間、君たちは前に出る……。
あ、そうそう。ベリカントさんがこれを送って来たよー。
ことは出来なかった。
ドミーは君たちに一冊の雑誌を差し出す。

クィントゥスが表紙を飾っていた。
今度はこいつを標的にするらしいよー。どうしようもないバカらしいよー。
……そんなことないと思うよ。
でもすごくバカっぽい顔だよー。
そんなことないよ。
えー、そうかなー。クドラくんはどう思うー? バカそうだよねー。
君は気づいた。ここで否定をすれば、すごく話が長くなってしまう。
すると不意打ちの機会どころか、ドミー退治の機会まで失ってしまいかねない。
ここは心を鬼にするべきなのだ、と。
バカっぽい顔だゼイ。と君は言う。
……。
だよねー。それあげるから、そのバカの顔覚えておいてねー。じゃあねー。
今度こそ、ドミーは君たちに背中を見せた。絶好の好機であった。


story6-3


ド、ドミィー……。
電光石火の不意打ちに成功し、君はドミーを縛り上げることに成功した。
しかし、君の隣には明らかに不服そうな男がいた。
納得いかねー。
キミ、ちゃんと謝った方がいいにゃ。目的があってああいうことを言ったのを、ちゃんと伝えた方がいいにゃ。
そうだね、と君はウィズの意見に同意する。
クィントゥス……あれは……と君がそこまで言ったところで、クィントゥスは「まかたん」の衣装を脱ぎ捨てた。
やっぱ真っ向勝負やらねえと、納得いかねえ!
あ、そっち? と君は思った。

おい。お前、もう一回戦え。
クィントゥスはせっかく縛り上げたドミーの縄を解き始めた。
ドミィー?
呆然とするドミーに、クィントゥスは立ちあがるように促す。
ほら、来いよ。勝負だ。この前の決着つけっぞ。
始めはキョトンとしていたドミーも状況が好転したことを感じ取り、不気味な笑顔をさらに歪めた。
ドミー、ズキュンズキュンしてきたよー。
ああ、俺もズッキュンズッキュンしてきたぜ。
対峙するふたりが戦いの構えを取った。おそらく実力だけならクィントゥスの方が圧倒しているはずだ。
でも、ドミーにはアレがあるにゃ。
ドミーの笑顔がさらに歪む。


〈絶対的人気者〉(ドミーズ・スゥマァイルゥー)
〈絶対的人気者〉はドミーのことを大好きになってしまう特殊な力である。
表層的な意識ではどんなに敵対していても、ドミーを殴ることも抵抗することもできなくなってしまうのである。
ぐぎぎぎ………。
ダメにゃ。クィントゥスはまともに浴びてしまったにゃ。一体何を考えているにゃ。
動けなくなったクィントゥスにドミーが近づく。
歯茎をむき出しで、軽やかな、そして楽し気なステップを踏んで、歩み寄る。
ぴょこたん。びょこたん。
ドミイー イズ カミーィーング!
決して絶えることのない笑顔は、どこか残虐さの象徴のようでもあった。
いまから~君の顔を~ドミーみたいにしてあげるよう~。
んぐうううう……!
むりむり~。ドミーのことがみんな大好き~。ドミーを殴るなんてむりむり~。
生暖かい鼻息をあえて、クィントゥスの顔に吹き付ける。
ぬぐぐぐぐ………。
ドミーの爪が、クィントゥスの顔に近づく。
ぬぐぐぐぐ………うおりゃああ!
クィントゥスの鉄拳がドミーの鼻面にめり込む。
ドミイッ……!
拳が振り切られ、ドミーは空中できっちり3回転してから、地面に叩きつけられた。
ドミーは鼻を抑えながら、悶える。

いてえ! いてえ! いてえよおおおお!どうしてドミーを殴れるの~!?
君もウィズもそれがわからなかった。とんでもない怪力でドミーの呪縛を打ち破ったのか。とも考えた。
殴れるさ!
拳を突き出し、クィントゥスは吠えた。

俺、マジでお前のことが好きだからッ!
意味が分からなかった。
好きな奴と、大事な奴と、本気で殴り合うのは、当たりめえだろッ!
ドミー、いたいの嫌ぁあ! 殴られていたいの嫌ぁあ!
いてえんじゃねえッ! あちいんだ! それ、お前の顔に血が通ってる証拠じやねえか。
それもう、ほとんど笑っているようなもんじゃねえかッ!
その言葉に、ドミーが震える。ぽたりとドミーの手の甲に落ちたのは、血ではなく、涙だった。
ドミー、笑えるの?
笑顔を植え付けられた男は、笑顔を奪われた男でもあった。
常に笑っていることは、常に笑っていないことでもあった。
その笑顔の代償が、嗜虐的なズキュンズキュンだった。
久しぶりの顔面の激痛――いや、ズキュンズキュンが笑顔だと知った時、絶望に囚われた男ドミーは死んだ。
ああ、笑えるぜ。
ドミーの問いに、クィントゥスが答える。
笑いてえ時はいつでも俺んとこ来い。また本気でぶん殴ってやるぜ。
OYABIN(オヤビン)……。

クィントゥスの拳が――違うにゃ。心が、ドミーの心に届いたにゃ。奪われた笑顔を取り戻してやったにゃ。
戦いの中で生まれた奇跡にゃ。
どうやらウィズにも何かが伝わったようだった。君は……。
内心、よくわからないな、と思っていた。

ともかく、戦いは終わった。もうここにいる必要は無い
君はアルドベリクたちの元へ戻ろうと、進み始めた。
待て。
なんだろうと思い、君はクィントゥスの方に向き直った。

バカみたいな顔だって言ったよな。

……。


 ***


戦勝の報を聞き、ルシエラとムールスはささやかな宴の準備をしていた。
命を賭けて戦った者へ報いるには、そうした単純な行為が、最も効果的である。
さすがクィントゥス様ですね。
銀器についたわずかな曇りを拭いながら、ムールスはそう言った。
クィントゥスさんとアルさんは使いようですからね。
卓に花を飾るルシエラがそんな風に答えると、ムールスは口元を抑えて笑った。
ほっほっほ。これは辛辣ですね。
うふふ。ただの事実ですよ。
(笑ってるよ……)

磨いた銀器が、万全の状態であることを確かめ、ムールスは再びそれを輝かしい隊列の中に戻した。
ひとつの仕事が終わると、さらに次の仕事に取り掛かるべく、ムールスは手の空いている者に声をかける。
リュディ様。料理を運びますから、手伝ってください。
わかった。


ルシエラはふたりが去った後も、花の飾りつけを続けていた。
そのうなじにそっと指先が置かれる。背後に視線を寄越し、ルシエラはその指の持ち主を見た。
おや。声くらい上げると思ったけど、そんなことなかったね。
ふふ。そんなことじゃびっくりなんてしませんよ。私は。
へえ……すごいね。アタシは怖がりだから、些細なことにも恐怖してしまう。
これはアルドベリクから聞いたんだが、最近、魔界で悪い病が流行っているらしいな。
そうなんですか? 聞いたことないですけどね……。
なんでも魂や記憶が変質するらしいんだ。最終的には、記憶と思考能力を失ってしまうらしい。
アンタは怖いと思わないか?
病気になる前から、病気を怖がっていても仕方ないですよ。
思い出したんだが、前に魂の形を変える怪物が魔界に来なかったか? あれと何か関係があるんだろうか?
アイツに関わったヤツが病気になるんじゃないのか? どうなんだろう?
そういえば……いましたね、そういうのも。
何か、関係がありそうで、怖いよ。アタシは……。
ルシエラに押し迫るように近づく。ねめつけるように彼女を見ながら、ヤラは飾られた花を一輪つまんだ。
そして、そのまま立ち去っていく。

彼女が歩いた後には握りつぶされた花が転がっている。
ルシエラはまんじりとその花を見つめた。



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