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【黒ウィズ】ユッカ編(バレンタイン2017)Story

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最終更新者:にゃん
2017/02/13 ~


story1『V』の日



時計塔エターナル・クロノス。

淀みなく流れ続ける時間を見守るその塔では、当然、見守るべき時間の如く、日々の仕事も淀みなくやってくる。

中でも、わずかの綻びで大事故に繋がるやも知れぬ、時計塔の機講を守る設備班の仕事は、毎日が戦いといっても過言ではなかった。



「整備班集合ー!!」

その日、整備班の面々は、主任であるユッカ・エンデの号令に従い、整備班詰所に集まっていた。

ずらりと並んだ整備班員たちを前にして、ユッカ・エンデは両手を腰に当て、真剣な眼差しで一同を見据える。



「一体なんのよ……。」

「珍しいですな、こういう感じは。」


だらけた立ち姿や私語を呟く整備班員が、まだまだ目立つ詰所内の気配を引き締めるように、ユッカ・エンデの大きな声が響き渡る。


「気おつけー!」

その声が持つシリアスなニュアンスに、ぎくりとして思わず詰所内の全て――ヴァイオレッタとルドルフを除く――の整備班員が背筋を伸ばす。

ユッカ・エンデがその声色を使うのは、年に26回あることは整備班員なら皆知っていた。


1年の中で整備の仕事が特に忙しいとされる「A」から「Z」まである26の日付け。

その日付けが近づいた時にしか彼女はその角ばった声を上げない。

そしてこの日は……。


「私の名前はユッカ・エンデ。この時計塔の整備班主任である。

今日、皆に集まってもらったのは他でもない。来るべき「Vday」に向けて、その決意を説こうと思う。

みんなも知っているように、毎年Vdayには〈バグ〉が大量発生する。

しかもその日に生み出される〈バグ〉のしつこさたるや、他の日とは比べようもないほどである。

そして、この日!私たちに課せられた任務はひとーつ!

〈バグ〉を叩く……!」


「あの子、何か悪い物でも食べたのかしら?」

「さあ……わかりかねます。」


「私が欲しいのは名誉でも称号でもない!〈バグ〉を叩いたという事実! それだけだ!

……明日はひとり100匹〈バグ〉を叩け。手段や方法は問わん!思う存分〈バグ〉を叩け!そしてその事実を私の前に持って来い!

以上!何か質問がある者は!」


すっと上がったのはシルクの手袋に包まれたヴァイオレッタの手であった。


「そもそもそのVdayになぜ〈バグ〉が発生するのよ? そのへんの事情を教えなさいよ。」

「吾輩とマダムはまだ整備班に回って日も浅いので、よくわからないのですが。」

「いい質問だ。……だがその質問は却下だ!私も詳しくは知らん!」


「いやいや……。」

「ちゃっとわかってることでもいいから教えなさいよ。」


「うーんとね……。ステイシー様の話では、明日は色んな世界で愛や恋に関する記憶がいっぱい生まれるんだって。

だから時間と記憶の澱である〈バグ〉が生み出され易くなるとかそんな話。」

「ああなるほどね。だからしつこい〈バグ〉が生まれるのね。」

「ん?どういう意味。」

「恋愛がらみだからしつこい〈バグ〉が生まれるんだな、って納得したのよ。」

「んー?」

そこまで言ってもまだ要領を得ず、首を45度傾げるだけのユッカに、むしろヴァイオレッタの方が疑問を感じてしまう。

「興味本位で聞くけど。ユッカ、あんた恋愛したことある?」

「恋愛……する? んん……。」

その質問がもたらした効果は、ユッカの45度に傾げわれた首の角度を、さらに深くするだけだった。

「恋愛って字は書ける?」

「書けるよ!でも、恋愛とかはよくわからないかな。」

「ユッカ、機械ばっかり弄ってないで、もっと色んな経験しなさいよ。」

「ヴァイオレッタはそういう経験豊富なの?」

「私の浮いた話なんて星の数ほどあって、数え切れないくらいよ。」

「その中のどれひとつも実らなかったんだ……。」

「そういう意味じゃないわよ!」



***



『Vday』――整備班が決死の作業を強いられる日――には、時計塔ではある特別なお菓子が振る舞われる。

『V』だけでなく『A』から『Z』と定められた日には、それぞれ固有のお菓子がティータイムの主役となるのが時計塔の決まりであった。

時を司る時計塔という場所柄なのか、ここには日付けや時間に関する慣例やしきたりが多かった。

だが様々な理由から時計塔内部を出ることのできない塔関係者たちにとっては、時間厳守で行われるティータイムと同様――

そうした慣例やしきたりも、狂った時間感覚を刺激する大事な要素であった。


そして、時計塔の人々にとって『V』といえば『チョコレート』である。



「エイミー、もうチョコレートに入れていい?」

アリス・スチュワートは、ふつふつと小さな気泡が表面に浮かぶ生クリームの海を見つめていた。

今か今かと機を窺っているのだが、時流の流れを読み取る〈時詠み師〉のアリスも、お菓子作りではごく普通の女の子の域を出ない。

何度も何度も鍋の中を覗いたせいで、今朝櫛を入れたはずの柔らかい金の前髪は湯気にあてられて妙な具合にはなえしまった。


「そうですわね……。」

チョコレートケーキの上に、仕上げのココアパウダーをまぶしながら、エイミー・キャロルは答える。

「アリス様、鍋の縁は泡立っていますか?」

「うん。も、もういい?」


火にかけた時間、鍋から聞こえる生クリームの呼吸、後はアリスの慌てぶり……。

そんな諸々の判断基準を統合してエイミーは決断を下す。

この時計塔の家事全般を一手に引き受ける魔界生まれのエイミーは、こう見えても長生きなのだ。

メイドをしての経験は……かなり長いとだけ言っておけば充分だろう。判断に間違いはない。


「では、鍋を火からおろして下さいませ。」

「わかった。」


すぐさま仕事に――と言っても大した仕事ではないが――取り掛かるアリスにエイミーは念を押す。


「でも、まだチョコレートのボウルには入れないで、少し生クリームを休ませてあげてください。

表面の泡立ちが落ち着いたら、チョコレートのボウルに注いでくださいませ。」


前のめりになって、ボウルに向かっていたアリスは慌てて鍋の中を確かめる。

まだ生クリームの表面に気泡が浮かぶ鍋を抱えたまま、アリスはその様子が収まるのを待った。

どこかに置いて待てばいいとは、思慮深さが取り柄の彼女でも、その時は気づかなかった。


一通り、チョコレートケーキの仕上げを終えたエイミーは、ようやくアリスの方に向き直る。


「さ、生クリームをボウルに注いでくださいませ。」

エイミーの静かな号令を受けて、生クリームが砕かれたチョコレートの山の上に流れ込む。

ゆっくりと山を溶かし、崩す。甘い香りの湯気を昇らせながら。



「ふんふん。なになに?すごくいい匂い……!」

「アリスちゃん、途中でユッカちゃんと会ったら、ユッカちゃんも手伝ってくれるって。」


仕上がったチョコレートを冷所へ持って行く役目から帰って来たミュウと共に、ユッカがキッチンに顔を出す。


「明日の準備は大丈夫なの、ユッカちゃん。」

「大丈夫、大丈夫。整備班はみんな、士気だけは高いから。

それに、エイミーのチョコが食べられると思ったら……辛いことなんて吹っ飛んじゃうよ。

で、何を手伝えばいい?味見?」


「いいえ。これでございます。」

差し出されたのは泡立て器であった。


「いま生チョコづくりの最中なの。」

「ユッカ様にはボウルの中のチョコと生クリームを攪拌していただきます。

パワフルなユッカ様に最適な仕事かと。」

「おっけー、任せて!」

いつものハンマーを泡立て器に変えて、ユッカは袖をまくって、ボウルの前に立つ。

「あまり力を込めなくても大丈夫でございます。ゆっくり優しくお願いいたしますね。」


「じゃ、私たちは出来たチョコレートを保管場所に運んでくるね。行こう。ミュウちゃん。」

「うん。」

「行ってらっしゃーい。」


「さ、ユッカ様。ゆっくりチョコレートと生クリームを混ぜ合わせてください。」

「今回はディーとダムも来るんだよね。」

「はい。アリス様はそうおっしゃっておりました。」



ディーとダムは時空を移動する双子である。

本人の意思とは無関係に様々な世界を訪れては、また移動する。

本来その存在を感知することはほぼ不可能である。


だが時流の流れを読む〈時詠み師〉アリスなら、把握することが出来た。

それが今回たまたま『Vday』とかち合ったものだから、せっかくなのでチョコレートを振る舞おうと、意気込んでいるのだ。

ちなみにアリス曰く、次にディーとダムが『Vday』に時計塔に訪れるのは、21年と4日後である。



「今年、絶対食べてもらわないとね。21年後なんて、待ってられないもんね。」

「その通りでございます。」



 ***


「皆さん、悲しいことが起きました……。と、エリカはおごそかに切り出します。」


時計塔機関部の奥の奥。鼠すらも立ち入らないような場所が、エリカ・オイリンと闇の同志たちの会合の場所、もといたまり場であった。



「是……。」

「無念!無念!」

エリカの忠実な僕でもある闇の同志たちは、エリカの悲しみに反応するように、声を上げた。


偶像の〈バグ〉であるマター。

妖精の〈バグ〉であるパズミィ。

そして、ひとり沈黙を続ける鉄の〈バグ〉、アムド。



「またしてもエリカがないがしろにされつつあります。」

無論、彼らの主であるエリカも〈バグ〉である。

彼女の場合の事情は特別で、とある事件がきっかけでアリスが生み出したアリス自身の〈バグ〉である。

アリスのやんちゃとおてんばとわがままの塊であるエリカは、常にみんなの興味が自分に向いていなければ、寂しくて死ぬ。

とまでは行かなくても、持ち前のやんちゃを爆発させる癖があった。そして今日もまたやんちゃが爆発しかけていたのである。


「明日は1年のうちで〈バグ〉が大発生する日のひとつ。『Vday』です。

本来、〈バグ〉であるエリカにその話を持ってきてくれたら、色々と対策を教えてあげるのに……。まったくその気配がありません。

エリカの『エ』はエターナル・クロノスの『エ』なんですよッ!!」


「是ッ!!」

「エの字!エの字!」

一同が声を荒げる中、アムドはただその様子を見ている。


「この『Vday』にはどうやらチョコレートが振る舞われるようです。

このチョコレート……エリカたちが頂きますッ!!とエリカは言い放ちます。

心待ちにしていたチョコレートがないことを見れば、みんなエリカに寂しい思いをさせたことをきっと後悔するでしょう。」


「チョコレートは時計塔のどこかにまとめて置かれているらしいのです。」

というのもかつて盗み食いする者が後を絶えなかったため、毎年場所を変えて隠すということが、時の三女神によって決定されたのである。

「ですが、日夜皆さんとかくれんぼに勤しむエリカにとって隠し場所などあってないようなもの。

このチョコレート、頂きます。とエリカはすぐくカッコよく言います。フッフッフ……。フッフッフ……。」

「是ッ是ッ是……。是ッ是ッ是……。」

「フの字!フの字!」



「で、計画の詳細は?」


「アムドが喋ったッッ!!」


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story2 『V』と呼ばれた女




「やああー!」

ユッカのハンマーが〈バグ〉に振り下ろされる。


ポコンという音をさせて、〈バグ〉の頭を打つと、ポヨンと音を立てて〈バグ〉は消えた。

ユッカはそれを見て満足そうに口の端を持ち上げる。

「よし。この区画はもう終わったかな?」

ユッカは背中を任せていたヴァイオレッタとルドルフの方を見た。


ふたりとも演技がかったように、肩をすくめて見せる。

「こちらは終わりましたぞ。」

「ルドルフちゃんに同じ。」


特注の帽子の鍔を気にしながら、ヴァイオレッタは続ける。

「そろそろ休憩にしない?レディーをどれだけ働かせる気なのよ。」

「ティータイム?ヴァイオレッタも待ち遠しいよね、チョコレート。」

「私はチョコでもティーでも何でもいいから時間が欲しいの。一息つける時間を。」


ヴァイオレッタの意見に、ユッカは腕組みして、宙を睨みつける。

作業の効率と進捗、さらにティールームへの最短ルートを鑑みれば……。


「うーん……。まだちょっとティータイムには早いけど、戻り始めますか。」

とかなり甘めの判断になってしまうのも仕方がなかった。


チョコレートという特別なお菓子の魔力だろうか。


 ***


時計塔の構造上、直接日光が当たらず風通しのいい場所というのは少ない。

高温に弱く、食品であるという性質上、チョコレートはそれらの条件に当てはまる数少ない場所に保管されていた。

多くの者はその場所を把握していないが、エリカたちは違った。



「これで隠したつもりとは、エターナルたんちゃらおかしいです。」

エリカの主な仕事は、かくれんぼ、鬼ごっこ、その他諸々の暇つぶしである。

日々時計塔内部を駆け巡るエリカにとって、風通しの良くて涼しい場所というのは、むしろ把握しておかなければいけないものである。

そして、エリカの言うところでは、昼下がりにまったりするには、アリスのベッドの中よりもいい、とされる一室にチョコレートはあった。


「ニヤリ……とエリカはほくそ笑みます。」

「是是……。」

「チョコの字! チョコの字!」


「さあ、皆さん。これをエリカの秘密の小部屋に運ぶのです。」


小さな体をぐるんぐるんと振り回して、エリカは同志たちに命じる。と同時にひとり足りないことに気づき、首を傾げた。

「おや……? アムドはどこですか?」

「否……。」

同志たちも知らないようだった。


「まあ、またかくれんぼの続きでもしているのでしょう。放っておきましょう。

 ただし……アムドにはチョコレートは抜きです!!」

「抜きの字! 抜きの字!」


 ***


エリカがチョコレートを盗み出したのと入れ違いに、ミュウがティータイム用のチョコレートを運び出すために、部屋にやってきた。

ところがそこには、あるはずのものがなかった。

ミュウは喉の奥から搾り出すように声を上げた。

「チョコレートが……ない!」

その知らせは瞬く間に時計塔の全作業員に伝わり、三女神より緊急事態宣言がなされた。

もちろん、知らせを受けたユッカも。


「ヴァイオレッタ……。ルドルフ……。」

ハンマーを握る手に力が込められる。

その横顔に、冷静さと怒りが同居していた。


「今から私たちは、チョコレート捜索隊だよ!!」



 ***



「やっぱりここにいたんだね、エリカちゃん。」

「ゲッ、です。どうして居場所がわかったんですか!?」


エリカの居場所は、早々に知れることとなった。

エリカからすれば、絶対にわからないと自信のあった隠れ場所だったのだが、それをユッカたちは容易く見つけてしまった。

エリカにとっては腑に落ちないことである。


「前にルドルフにお願いして、〈バグ〉を検知する機械を造ってもらってたんだよ。」

「吾輩が作りましたぞ。」

「作業効率化のためだったけど、こんなことろで役立つとはね。

 エリカちゃんの反応はとても大きくて、すぐに検知できるから逃げても無駄だよ。」


「なんということですか……。エリカの自己主張があまりにも大きすぎたから起きた悲劇です。

 エターナル悔しいです。」

「さあ、観念してチョコレートを返しなさい。そもそもエリカちゃんチョコレート食べないでしょ。」

「チョコレートは食べなくても、チョコレートを持っていたいと思うのは自由です。

 エリカの独占欲はエターナル半端ないんです。」


「ユッカ。口で言ってもわからないみたいだから、力ずくでいいんじゃない?」

「黙れ年増!!少女の心を忘れた哀れな女め、です。」

「年増!」

「エリカちゃん、面と向かって言うなんてひどいよ。」

「アンタの言い方も若干イラッとするけどね。」


「口論はここまでです。チョコレートが欲しければ、力ずくで奪い取りなさい。」



「望む所! ヴァイオレッタ、ルドルフ! 行くよ。」



 ***



「しくしく……しくしくのしく。」

「思い知ったようね」

直前の発言がいけなかったのか。

ヴァイオレッタのものすごい剣幕の前にエリカたちは為す術もなく敗れ去った。

敗北の味とともに、もう年上の人は怒らせないでおこうという教訓まで与えられ、エリカは泣き続けていた。

ただし、人形なので涙はもちろん出ていない。嘘泣きである。


「エリカちゃん、チョコレート返してくれるかな?」

「はい……エリカはただかまって欲しかっただけだったんです。

 みんな、いつもはそんなこと一言も言わないくせに、今日に限って熱にうなされたように「Vday」だのチョコレートだの言うので……。

 エリカはみんなに冷静になって欲しかったんです。チョコレートなんていつも食べれるじゃないですか。

 もっとエリカにかまって欲しいんです!!」


(それもいつでもできるでしょう)


「そっか、そうだよね。ごめん、エリカちゃん。私たちも悪かったよ。

 改めて、仲直りのティータイムにしよ。準備手伝ってくれる?」

「エターナルもちろんクロノスです!」


というわけで、エリカのやんちゃも一段落し、時計塔は時間道りのティータイムが始まることになった。


「ユッカ、私は部屋で着替えるわ。服が汚れちゃったのよ。」

「いいけど、ティータイムには間に合わせてね。」

「はいはい。どれだけティータイムが大事なんだか……。」

ぼやくヴァイオレッタの背中を見送るユッカ。何の確証もないが、彼女はヴァイオレッタの微妙な変化を感じていた。


「ヴァイオレッタ、なんかいつもと違う。」

「エリカが年増って言ったからでしょうか?」

「かもしれない。ルドルフはヴァイオレッタの様子がおかしいと思わない?」


聡明な兎であり、ヴァイオレッタの愛玩動物でもあるルドルフは自慢の髭を一度撫でてから言った。

「少し、感傷的になられておるのでしょう。」

「感傷的? どうして?」

「かつてマダムを「V」と呼ぶ男性がおりました。今日はそこら中で「V」と言われるので、昔のことを思い出したのでしょう。」

「ふーん……。」



 ***


ヴァイオレッタは自分の部屋に着くと、早速クローゼットを開けた。

「ふう……。」

ユッカたちには服が汚れたからと言ったが、実際は着替える必要があるほどでもなかった。

ただ、ひとりになる瞬間が欲しかったのだ。


昨日、ユッカに恋愛について尋ねておいて、自分がその罠にはまった。そんな気がしていた。

時計塔の誰もが「V」の文字を口にしている。

それが昔、自分に向けられたあだ名であるとは、当然誰も知らない。

愛と「V」が交わり、ヴァイオレッタの心に奇妙な科学反応を起こす。あるいはチョコレートもふたりの過去に甘い思い出を残していたかも。

はっきりと覚えていないが、ないとは言い切れない。あらゆることがかつてのふたりにはあった。


「何を考えているんだか……。」

吊るされた大量のドレス。この中にも愛と「V」が交わる結束点のひとつがあるかもしれない。そんなことを考えていると……。



「なんかいた……。」

「…………。」


(前にもいたわね、こいつ……)

しばらく無言の時間が続いた後、思いがけないことが起こった。


「久しぶりだな……「V」。」


息が止まりそうだ。ヴァイオレッタはそう思った。

愛と「V」が交わる場所に常にあったものが目の前にある。

忘れるわけもない、あの声があった。



 ***



「皆様、準備が出来ましたよ。」

「あ。はーい。」


ティールームには、時の三女神に加え、アリスやミュウ、もちろん給仕を一手に引き受けるエイミー、騒がしいエリカもいた。


「みんな、席についてください。」

「はやく☆ はやく☆」

「この大きいやつウチがもらうー!」

だが……。

「おや? ヴァイオレッタさんがまだのようね。」

ヴァイオレッタはまだいなかった。


「ちゃんと時間通りに来てって言ったんですけど……。」

待ちきれない思いが、ティーカップから昇る香ばしい柑橘系の香りのように部屋に充満する。


「私、呼んできますね。」

と、ユッカが立ち上がった途端、時計塔に非常事態を知らせる鐘の音が鳴り響く。

その鐘の音に誰もが戦慄した。この音は、時計塔の最重要物質イニティウムが安置される部屋に、何者かが侵入したことを知らせている。

それは、何事も時間と規則を守る時計塔にあって、唯一例外的な対処を優先される出来事である。


「ユッカ! すぐに向かってください。」

「はい!」


 ***



時計塔に最深部で輝くイニティウムの青白い光は、ヴァイオレッタの白い肌を照らしていた。

イニティウムの光に呼応するように、台座を構成する歯車の機構は音もなく回転している。

時はいまも淀みなく進み続けている。


「どうだ「V」。君はこれを欲しがっていただろ。」

だが、ヴァイオレッタが演じているのは、時が止まってしまった恋人たちである。


「そうね……。確かに欲しがっていたわ。」

「手に取ればいい。」

「そんなことをすれば、時が止まってしまうわよ。」

「構わないさ。」

薄いシルクの手袋に包まれたヴァイオレッタの指が青白い光の下へ伸びる。


「待ちなさい!!」


指がピタリと止まる。シルクの光沢はイニティウムに照らされて、さらに美しい。

「ヴァイオレッタ、そいつをイニティウムから離れさせて!」

鎧騎士は黙ったまま、そのハルバードをイニティウムに近づけ、沈黙といういつもの鉄仮面を外し、冗舌さを身にまとう。

「退け……。俺たちの時間を邪魔させはしない。そうだろ「V」。俺たち欲しいものは必ず手に入れる。」

マダムは沈黙している。その顔は、悩んでいるというよりも、妙に冷静さを想像させる表情である。


「ヴァイオレッタ……。どうしたの……?」

ヴァイオレッタはスカートのすそを持ち上げ、彼女曰く淑女のたしなみと表現する物へと指を伸ばす。

冷たい「それ」に触れ、強い意志とともにつかみ取る。

「ユッカ……。」

持ち上げられた銃はイニティウムに向けられた。

「退きなさい。命令よ。」




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